偽りの香りで


普段はパンツスーツで仕事に出るのに、その日は珍しくスカートを履いてみたりして。

彼との待ち合わせの時間が待ち遠しくて仕方なかった。

それなのに。

バーで会った彼は、飲みながら姉の話ばかりした。

些細なことでケンカをして、数日音信不通だとかで……

私をほとんど見ることもなく、カクテルを作るバーテンダーをぼんやりと眺めていた。

その瞳に映っているのは、ここにはいない“彼女”の姿。

彼の瞳に私は少しも映らない。

隣に座っているのに、私は彼の心の隙間にすら割り込めない。


胸が痛かった。

切なく、苦しくて。こんなふうに胸が痛むのは初めてだった。


そして気付いた。

私は彼が好き、なのだ。


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