偽りの香りで

***

店を出ると、彼の腕を引っ張って大通りに出る。

そこでタクシーを拾うと、その後部座席に彼を押し込んだ。

彼の家のだいたいの住所を運転手に告げて、外からドアを閉めようとする。

そのとき、されるがままでうつむいていた彼が私の手首をつかんだ。


「お前も乗れよ。うちで飲み直すから付き合え」

つかまれた手首に私の意識が集中する。

その不意をついて、彼が強い力で車内に私を引っ張り込んだ。


「ちょっと!私は……」

慌てて降りようとするけれど、彼がつかんだ手首を離してくれない。

彼の手を振りほどこうと抵抗していると、彼が私の腰に腕を回して無理やり後部座席に座らせた。


「運転手さん、行ってください」

「ちょっと、離して!」

運転手が後部座席で騒ぐ私を心配そうに振り返る。


「大丈夫です。行ってください!」

彼が強い口調でそう言うと、運転手は躊躇いがちに頷いて後部座席のドアを閉めた。



< 6 / 14 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop