時に、大気のように、香る
1一目ぼれ
 誰だってかわいい女の子は好きだ。

 小さくて可愛らしくて、上手に相手に甘えられるそんな女の子。

 制服のスカートの丈は膝より少し上で、ブレザーのジャケットは手首のあたりでしっかり留まるサイズ。

 よくもここまでぴったりなサイズ感で制服が作れると感心するほどにその制服は彼女の体をよく知っている。

 そのジャケットの下から、指先が少し出るくらいの長さの袖の薄いピンク色のカーディガンが覗いている。

 爪はきれいに切り揃えられており、磨いているのか光があたるとキラキラして見える。

 学校指定のブラウスは丸襟の端っこまで留められていて、その上に位置している首から顔は白にごく少量の赤を溶かしたような、沢藤の花のような色をしている。

 頬はピンク色に色付き、肌の白さを際立たせている。

 タレ目ぎみの大きな瞳は潤んでいて、光を反射して指先以上にキラキラしている。

 そう、だらだら長く説明をしたが、彼女はかわいいのだ。

清潔感があり、花のように慎ましく、いつもそこにある。



 「かわいいなあ。きっといい匂いがするんだろうなあ。」

 彼女を見ながらそんな感想をつぶやいた。そんなつぶやきを聞いて友人が「変態(笑)」と突っ込んでくる。
 
 だって、大切だと思うのだ。匂いが好ましいということは。

 
 どんなに美人なお姉さんでも、学年1位の美少女でも、それが自分の好みとは外れた匂いならば全然魅力的ではない――と思ってしまう。


 そんなことをぶつくさ語ると「ますますキモイ」と言われてしまった。

まあ、自覚がないわけではない。
 
 しかし、残念なことに彼女が好ましい匂いの持ち主かどうかを知ることはできない。

 
 理由はたくさんある。

まずクラスが違う。

付き合う友達が違う。

部活も違う(そもそも部活など入っていないが)。
 

 何はともあれ一番の理由は自分がヘタレすぎることだ。

自分で言っていて悲しくなるが、ヘタレを克服してまで近づこうと思えないのだ。

どうせ自分が一番かわいいですよ、ええ。


 「彼女とまでは言わないけど、せめてお近づきになりたいよなあ。」

 
 昼休みは決まって学食に顔を出す彼女を見つめながらため息と一緒に吐き出す言葉は、友人の失笑によってどこかに吹き飛ばされて行ってしまった。
 

 「そのまま彼女のところに飛んで行きやがれ、ちくしょう。」という恨み言は情けないので自分の中に留めておくことにした。



 翌日も相変わらず昼は学食に行く。こちらもいつもと変わらず月見そばとおにぎりを注文する。


 ちなみにおにぎりの具はその日の食堂のおばちゃんの気分によって変わる。

 今日はおかからしいが、当たりの日だとスパムとかリアル明太子の時がある。
 
 今日も今日とてかわいい彼女は、新しいピン留めを耳の上あたりにつけている。

少し癖のある長い髪を整えきれていないそのピンがかわいい。

もう、ほんとかわいい。

あれは、あれだ。武装だ。
 

きっとあの少し収まりの悪い長い髪からはいい匂いがするのだろう。

きっと花の匂いだ。そうに違いない。
 

察しの良い友人は横で親子丼を食べながら「変態。キモイ」と言っている。もう褒め言葉に聞こえてきた。

その翌日も、そのまた翌日も毎日毎日昼休みに彼女を観察してはいい匂いを想像し続けた。

我ながらいいストーカー、否、ファンぶりだと思う。
 

 飽きずに連日彼女を観察している俺を毎日観察し続けた友人がついにしびれを切らした。

 うん。切れた。
 

 「いい加減に変態キモイむかちゃっかふぁいやーだわ。ギャル語も使うわ。俺行ってくる。」
 

 と、ちょっとネジが焼き切れた感じの発言を残して友人は彼女のところに普段の1.5倍の歩幅で歩を進めたのだった。
 

 突然違うクラスの接点のない男子から声をかけられた彼女とそのグループの女子たちは驚きとワクワクの表情を滲ませながら友人が話すのを聞いている。

 ちなみにだが、友人はイケメンだ。ちょっとクール系の。

180センチ近くある身長が顔の小ささを引き立てているのがまたむかつく。


 しかし彼もまた彼女募集中だ。

だが公に発表するのは控えてほしい。


俺がさらに霞んでしまう。
 

 程なくして友人は元いた席に戻ってきて得意げな顔をしながら言った。


 「今日から昼飯はあの女子グループと過ごすことが決まった。俺に感謝しろ。そして特濃おごれ。」
 

 さ、と言って友人は自分のトレーを持ってスタスタと彼女のいる女子グループの方に行ってしまった。


 俺は頭を整理する時間ももらえないままに、いきなり彼女と接近するチャンスと友人に特濃牛乳をおごる約束を手にしたのだった。





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