時に、大気のように、香る
2お近づき
友人のブチ切れた行動のおかげで彼女と接点を持つことができたその日から、俺は今まで以上に自問自答の時間が増えてしまった。
増えたのは主に自己嫌悪の時間なのだけれども。
彼女のいるグループは騒ぐタイプのグループではないが、程よい距離感の社交性を持った女子たちだった。
無理に持ち上げたり会話を盛り上げたりするのではなく、俺と友人が入っても自然体を崩さないような気取らなさがとても好感的に思えた。
もちろん最初は声をかけたきっかけなんかを聞かれはしたのだけれど、友人がうまいこと答えてくれた。
(「話が合いそうだ」とか「いつも楽しそうだったから入れてもらいたいと思っていた」とか。本当にこいつはそつが無い。妬けるわ。)
そんなよさげなテンポで話が進んでいくのにも関わらず、俺ができることといえば「うん。」とか「あー。」とか合わせることぐらいで、話題を振るという高等技術はまだ習得できていない。
彼女を含めたその女子たちは結構多彩な趣味を持つ子たちの集まりで、洋服や化粧から始まり、音楽、漫画、ゲーム、お菓子などいろいろと話題が尽きない。
俺も漫画が大好きだから話題を振れないわけではないのだが、例の彼女は別に漫画は嫌いじゃないけど好きというほどでもないという感じなので、話題を振るのをためらってしまう。
ちなみに彼女の趣味は猫画像集めだ。かわいいのからおもしろいものまで大好きらしい。趣味まで超かわいい。
よし。明日は彼女が気に入りそうな猫の画像を探して昼休みに見てもらおう。
とりあえずそれだけを心に決めてスマホをいじり始めたのだった。
今日も学食のいつもの場所で集合する。昨晩3時までかかって見つけたおもしろかわいい猫画像は合計3枚。
せめて1枚でも見て欲しい。いや、見せてみせる!と我ながら驚く程のアグレッシブさを発揮してみる。
そんな俺の様子を生暖かい表情で見つめる友人が気持ち悪い。なんなの?怖いんですけど。
そこに4時間目を終えてきた彼女、とその他女子(失礼)がやってきた。
彼女は今日もお弁当らしい。
各々食事の準備をして食べ始め、昨日観たドラマの話や漫画の最新刊を買ったかどうかなどの話をした。
自分の月見そばとおにぎり(今日はこんぶだった)を食べ終えたところで彼女の方に目をやると、彼女もちょうど食べ終えたようでハンカチにお弁当箱を包むところだった。
「ここがチャンス!」と思ったと同時に友人が俺のスネを蹴る。
わかってるっつーの。
「あ、あの。きのう、おれ、おもしろいねこのがぞうみつけたんだけど、よかったらみにゃいですか?」
噛んだ。死ねる。絶対今顔赤い。恥ずい。
そんな俺の失態をスルーして彼女は花のような笑顔をこちらに向けて
「見たい!!見せて!!」
と言って席を立ってこちらにやってきた。
内心の同様を悟られないように必死に表情を取り繕うとするも、なんか痒いのを我慢しているような、くしゃみが出そうで出ないような、変な顔になる。
俺の顔を見て、彼女が立って空いた席に移動する途中の友人が必死で笑いをこらえている。
やめてくれ。おまえのその表情で勘のいい人にはバレる。
下を向いて小さく深呼吸をしながらスマホを取り出し、昨晩ダウンロードしておいた画像を表示させる。
ちょっと落ち着きを取り戻して前を向き直したところで、ちょうど彼女が友人が元いた、俺の向かい側の席に座ったところだった。
「どれどれー?」と身を乗り出してくる彼女に、俺の悪い癖が発動する。
すん、と鼻で彼女の纏う空気を吸ってしまったのだ。
「しまった」と思ったのだが、どうやら彼女には気づかれていないようで安心する。
が…。
彼女の香りが鼻腔に入ってしまったことによって、一瞬俺の意識は猫の画像を見せることを忘れてしまった。
だって。だって。だって。
めちゃくちゃいい匂いなんだもん。
ぶっちゃけ反則だ。
なんなんだ。
彼女は無敵か。
容姿、仕草は完璧。そのうえ趣味も可愛い。
極めつけはこの匂い。
香水や柔軟剤などの人工的な匂いではなく、なんか、こう、もっとふわっとあたたかいような匂い。
ずっと嗅いでいたい、もっと近くで嗅ぎたくなるそんなえも言われぬ魅力的な匂いだった。
彼女の匂いに気を取られている一瞬の間を不思議に思ったのか、彼女が
「おーい」
と俺の目の前に顔を突き出して手を振っている。その事実にまた頭が焼き切れそうになったが、ここは踏ん張った。
「あ、あ、こ、この3枚なんだけど、お、俺のお気に入りは2枚目の炊飯器に猫が入ってるやつ。」
俺のスマホを細い指でいじりながら、画像を拡大したり移動したりして彼女は見ている。
「そんなとこいたら炊かれるぞーって思ったらなんかかわいく思えた。」
と、その画像を発見した時の感想を伝えると、彼女も小さい頭を上下に揺らしながら「うん、うん」とにこやかにうなずいてくれた。
そのあとは彼女の猫画像コレクションを見せてくれて、それに対して気の利いた感想を言えないまま昼休みのスペシャルタイムは幕を閉じたのだった。
「おれ、きょう、しあわせをつかいはたして、しぬかも。」
放課後、友人にそうつぶやくと、俺の顔を指差して爆笑された。失礼な。
ほんとこいつ見た目以外全然イケメンじゃない。
「だってさ、彼女はかわいいだけじゃなかったんだよ。すっげーいい匂いだったんだよ。なんつーかもう、ずっと嗅いでいられると思うくらいにいい匂いだった。びびった。俺がチャラ男だったら抱きついてたね。」
いつもより少々長めの独白をつぶやくと、友人は
「キモいキモいキモいキモい!変態キモい!」
と言って、さらに笑い声を高くしたのだった。
「じゃあ聞くけどさあ、お前は彼女の近くを通った時とか全然なんも感じなかったわけ?」
「まあ、可愛いしシャンプーのいい匂いがするなあ、とは思うけどお前ほどのめり込むほどではないな」
「え?まじで?てっきり彼女は男を虜にする魅惑のパフュームを使っているのかと思ったけど、俺だけだったのか…?」
「まじキモいな、おまえ(笑)けどまあ、実際この学年では人気がある方だと思うし、あんま悠長に構えてないほうがいいと思うね。」
確かに友人の言うとおりだ。彼女は絶世の美女というわけではないが、なんとなく雰囲気があってそこが魅力的だ。
そろそろ本気で焦らないとならない気がしてきた。
けれども、猫の画像で気を引くのがいっぱいいっぱいの今の状況で次の手を打つのはハードルが高すぎる。
彼女が近くに来ただけでフリーズするのにさらなる接近をするとなると、脳と心臓が死ぬ。確実に。
とにかく今の自分にできることをすることにしよう。
たぶん、今できる最大限は猫の画像を探すことと昼休みに彼女に話しかけることなのだろう。
我ながらヘタレすぎる。
それからというもの、自分に使命を課したように猫の画像を探す日々が始まった。
「どんな画像がいいだろうか」「これはおもしろいと思ってくれるだろうか」「これはちょっと下ネタ寄りすぎか?」などなど自問自答しながら。
自問自答の内容が自己嫌悪から変化したことだけは自分を褒めたい。やればできるじゃないか。
仕入れた猫画像は毎日彼女に紹介するようにした。彼女もそれを日課と思うようになってくれたのか、昼飯を食べ終わると友人と席を交換するのが当たり前になってきている。
けれども、彼女が俺の前の席に座るたびに俺の脳と心臓は熱があがってしまい、全然慣れてくれる気配がない。
女子に免疫が無いと言ってもこれはひどすぎる。
何よりひどいのは、グループのほかの女子たちに対しては全く同じ反応は起きないことだ。
俺の理性で言うことを聞かない部分というのは非常に薄情なものである。
どもりながら画像の見どころを説明する俺に、口元と目元にほんのり笑みを浮かべて彼女は相槌を打ってくれる。
うまく説明できていないのに、彼女は少し頬のピンクを濃くしながら楽しそうに聞いてくれる。(俺、この彼女の表情だけでご飯3杯は食べれると思う。)
一通り俺の猫画像のプレゼンが終わると、今度は彼女が最近発見した猫画像を見せてくれる。
最近になって彼女も猫画像探し熱が再燃したらしく、かわいいのを見つけてきては俺に紹介してくれる。
本当にいい子だ。そしてかわいい。
彼女のピンクのスマホ(リボンのビーズ?が付いてる。かわいい。)を受け取って数枚の猫画像を見せてもらう。
彼女は子猫が特に好きらしく、今日は子猫が寄り添って寝ている画像や犬に抱かれている画像を紹介してくれた。
目をキラキラさせて子猫のかわいさを語る彼女の方がかわいい、と内心思いつつ彼女の説明を聞くのが幸せだ。
そして相も変わらず彼女はとてもいい匂いがした。
毎日毎日同じ、あのあたたかくてやわらかい匂いがして、俺の鼻腔に幸福を運んできてくれる。
俺の毎日は、今、幸せだ。
そろそろ不幸の神様が嫉妬して俺に不幸を注いでくるかもしれない。けど、今なら負ける気がしない。
受けて立つぞ、不幸神。
増えたのは主に自己嫌悪の時間なのだけれども。
彼女のいるグループは騒ぐタイプのグループではないが、程よい距離感の社交性を持った女子たちだった。
無理に持ち上げたり会話を盛り上げたりするのではなく、俺と友人が入っても自然体を崩さないような気取らなさがとても好感的に思えた。
もちろん最初は声をかけたきっかけなんかを聞かれはしたのだけれど、友人がうまいこと答えてくれた。
(「話が合いそうだ」とか「いつも楽しそうだったから入れてもらいたいと思っていた」とか。本当にこいつはそつが無い。妬けるわ。)
そんなよさげなテンポで話が進んでいくのにも関わらず、俺ができることといえば「うん。」とか「あー。」とか合わせることぐらいで、話題を振るという高等技術はまだ習得できていない。
彼女を含めたその女子たちは結構多彩な趣味を持つ子たちの集まりで、洋服や化粧から始まり、音楽、漫画、ゲーム、お菓子などいろいろと話題が尽きない。
俺も漫画が大好きだから話題を振れないわけではないのだが、例の彼女は別に漫画は嫌いじゃないけど好きというほどでもないという感じなので、話題を振るのをためらってしまう。
ちなみに彼女の趣味は猫画像集めだ。かわいいのからおもしろいものまで大好きらしい。趣味まで超かわいい。
よし。明日は彼女が気に入りそうな猫の画像を探して昼休みに見てもらおう。
とりあえずそれだけを心に決めてスマホをいじり始めたのだった。
今日も学食のいつもの場所で集合する。昨晩3時までかかって見つけたおもしろかわいい猫画像は合計3枚。
せめて1枚でも見て欲しい。いや、見せてみせる!と我ながら驚く程のアグレッシブさを発揮してみる。
そんな俺の様子を生暖かい表情で見つめる友人が気持ち悪い。なんなの?怖いんですけど。
そこに4時間目を終えてきた彼女、とその他女子(失礼)がやってきた。
彼女は今日もお弁当らしい。
各々食事の準備をして食べ始め、昨日観たドラマの話や漫画の最新刊を買ったかどうかなどの話をした。
自分の月見そばとおにぎり(今日はこんぶだった)を食べ終えたところで彼女の方に目をやると、彼女もちょうど食べ終えたようでハンカチにお弁当箱を包むところだった。
「ここがチャンス!」と思ったと同時に友人が俺のスネを蹴る。
わかってるっつーの。
「あ、あの。きのう、おれ、おもしろいねこのがぞうみつけたんだけど、よかったらみにゃいですか?」
噛んだ。死ねる。絶対今顔赤い。恥ずい。
そんな俺の失態をスルーして彼女は花のような笑顔をこちらに向けて
「見たい!!見せて!!」
と言って席を立ってこちらにやってきた。
内心の同様を悟られないように必死に表情を取り繕うとするも、なんか痒いのを我慢しているような、くしゃみが出そうで出ないような、変な顔になる。
俺の顔を見て、彼女が立って空いた席に移動する途中の友人が必死で笑いをこらえている。
やめてくれ。おまえのその表情で勘のいい人にはバレる。
下を向いて小さく深呼吸をしながらスマホを取り出し、昨晩ダウンロードしておいた画像を表示させる。
ちょっと落ち着きを取り戻して前を向き直したところで、ちょうど彼女が友人が元いた、俺の向かい側の席に座ったところだった。
「どれどれー?」と身を乗り出してくる彼女に、俺の悪い癖が発動する。
すん、と鼻で彼女の纏う空気を吸ってしまったのだ。
「しまった」と思ったのだが、どうやら彼女には気づかれていないようで安心する。
が…。
彼女の香りが鼻腔に入ってしまったことによって、一瞬俺の意識は猫の画像を見せることを忘れてしまった。
だって。だって。だって。
めちゃくちゃいい匂いなんだもん。
ぶっちゃけ反則だ。
なんなんだ。
彼女は無敵か。
容姿、仕草は完璧。そのうえ趣味も可愛い。
極めつけはこの匂い。
香水や柔軟剤などの人工的な匂いではなく、なんか、こう、もっとふわっとあたたかいような匂い。
ずっと嗅いでいたい、もっと近くで嗅ぎたくなるそんなえも言われぬ魅力的な匂いだった。
彼女の匂いに気を取られている一瞬の間を不思議に思ったのか、彼女が
「おーい」
と俺の目の前に顔を突き出して手を振っている。その事実にまた頭が焼き切れそうになったが、ここは踏ん張った。
「あ、あ、こ、この3枚なんだけど、お、俺のお気に入りは2枚目の炊飯器に猫が入ってるやつ。」
俺のスマホを細い指でいじりながら、画像を拡大したり移動したりして彼女は見ている。
「そんなとこいたら炊かれるぞーって思ったらなんかかわいく思えた。」
と、その画像を発見した時の感想を伝えると、彼女も小さい頭を上下に揺らしながら「うん、うん」とにこやかにうなずいてくれた。
そのあとは彼女の猫画像コレクションを見せてくれて、それに対して気の利いた感想を言えないまま昼休みのスペシャルタイムは幕を閉じたのだった。
「おれ、きょう、しあわせをつかいはたして、しぬかも。」
放課後、友人にそうつぶやくと、俺の顔を指差して爆笑された。失礼な。
ほんとこいつ見た目以外全然イケメンじゃない。
「だってさ、彼女はかわいいだけじゃなかったんだよ。すっげーいい匂いだったんだよ。なんつーかもう、ずっと嗅いでいられると思うくらいにいい匂いだった。びびった。俺がチャラ男だったら抱きついてたね。」
いつもより少々長めの独白をつぶやくと、友人は
「キモいキモいキモいキモい!変態キモい!」
と言って、さらに笑い声を高くしたのだった。
「じゃあ聞くけどさあ、お前は彼女の近くを通った時とか全然なんも感じなかったわけ?」
「まあ、可愛いしシャンプーのいい匂いがするなあ、とは思うけどお前ほどのめり込むほどではないな」
「え?まじで?てっきり彼女は男を虜にする魅惑のパフュームを使っているのかと思ったけど、俺だけだったのか…?」
「まじキモいな、おまえ(笑)けどまあ、実際この学年では人気がある方だと思うし、あんま悠長に構えてないほうがいいと思うね。」
確かに友人の言うとおりだ。彼女は絶世の美女というわけではないが、なんとなく雰囲気があってそこが魅力的だ。
そろそろ本気で焦らないとならない気がしてきた。
けれども、猫の画像で気を引くのがいっぱいいっぱいの今の状況で次の手を打つのはハードルが高すぎる。
彼女が近くに来ただけでフリーズするのにさらなる接近をするとなると、脳と心臓が死ぬ。確実に。
とにかく今の自分にできることをすることにしよう。
たぶん、今できる最大限は猫の画像を探すことと昼休みに彼女に話しかけることなのだろう。
我ながらヘタレすぎる。
それからというもの、自分に使命を課したように猫の画像を探す日々が始まった。
「どんな画像がいいだろうか」「これはおもしろいと思ってくれるだろうか」「これはちょっと下ネタ寄りすぎか?」などなど自問自答しながら。
自問自答の内容が自己嫌悪から変化したことだけは自分を褒めたい。やればできるじゃないか。
仕入れた猫画像は毎日彼女に紹介するようにした。彼女もそれを日課と思うようになってくれたのか、昼飯を食べ終わると友人と席を交換するのが当たり前になってきている。
けれども、彼女が俺の前の席に座るたびに俺の脳と心臓は熱があがってしまい、全然慣れてくれる気配がない。
女子に免疫が無いと言ってもこれはひどすぎる。
何よりひどいのは、グループのほかの女子たちに対しては全く同じ反応は起きないことだ。
俺の理性で言うことを聞かない部分というのは非常に薄情なものである。
どもりながら画像の見どころを説明する俺に、口元と目元にほんのり笑みを浮かべて彼女は相槌を打ってくれる。
うまく説明できていないのに、彼女は少し頬のピンクを濃くしながら楽しそうに聞いてくれる。(俺、この彼女の表情だけでご飯3杯は食べれると思う。)
一通り俺の猫画像のプレゼンが終わると、今度は彼女が最近発見した猫画像を見せてくれる。
最近になって彼女も猫画像探し熱が再燃したらしく、かわいいのを見つけてきては俺に紹介してくれる。
本当にいい子だ。そしてかわいい。
彼女のピンクのスマホ(リボンのビーズ?が付いてる。かわいい。)を受け取って数枚の猫画像を見せてもらう。
彼女は子猫が特に好きらしく、今日は子猫が寄り添って寝ている画像や犬に抱かれている画像を紹介してくれた。
目をキラキラさせて子猫のかわいさを語る彼女の方がかわいい、と内心思いつつ彼女の説明を聞くのが幸せだ。
そして相も変わらず彼女はとてもいい匂いがした。
毎日毎日同じ、あのあたたかくてやわらかい匂いがして、俺の鼻腔に幸福を運んできてくれる。
俺の毎日は、今、幸せだ。
そろそろ不幸の神様が嫉妬して俺に不幸を注いでくるかもしれない。けど、今なら負ける気がしない。
受けて立つぞ、不幸神。