時に、大気のように、香る
3不幸神降臨
不幸神に宣戦布告なんかしなければよかった。
『後悔先に立たず』『後の祭り』『火に油』――最後のは違うか。
俺は聞いてしまったのだ。最後まで聞かずに済んだのがせめてもの救いだろうか。
何を聞いてしまったかって?それは、あれだよ。ああ、自分の口で言うのが辛すぎる。
「ほう。彼女には彼氏がいるのかあ。」
……オマエ、オレヲ、コロスキカ。
「けど彼女かわいいから今まで噂にならなかったのが不思議なくらいだよな。」
……ソレイジョウ、エグルノヲ、ヤメテクレ。
「ま、大丈夫だって!おまえイケメンじゃん☆」
……オレ ハ ニゲダシタ。
「友よ。お前は俺の傷に塩を塗り込んでそんなに楽しいか。」
両手で顔を隠してうつむく俺を、見た目はイケメン、頭脳はブサメンな友人は言う、「すんげーたのしい」と。
事の発端は中休みに彼女のグループが俺らのクラスの前の廊下を通った時の会話だ。
俺の席は一番廊下側の席で、うちの学校は廊下と教室の境界の壁にガラス窓が付いている。
だから廊下にいる人物と会話したい時などはその窓を開けて話をしたりできる便利な造りをしているのだ。
普段なら便利以外の何物でもないその窓から入り込んできた彼女と彼女のグループの女子との会話。
「それで最近彼とはどうなのよー?」
「え…ふ、ふつうだよ。」
「でも前よりもラブラブじゃーん。」
「全然そんなことないってば。もー」
途中から耳が勝手に塞がれたように周りの音が聞こえなくなっていた。だから最後までその会話は聞こえなかったのだけれども、聞かなくてよかったと思う。
最後まで聞いてしまったら、たぶん今頃俺は学校を自主休業している。
「でもさ、その会話の流れだと別に彼氏いるとは言ってないじゃん。あきらめるのはまだ早いと思うけどなあ。」
「おまえは他人事だからそんな風に思えんだよ。」
「そうかなあ。けどさ、とりあえず急がないとならなくなったのは確実だな。」
「は?何を急ぐんだよ。」
俺が問いかけると、友人は『これぞドヤ顔!』という顔でこちらを見ながら
「こ く は く ☆」
と、溜めをたっぷり取りながらいいやがったのだった。
その日の晩は頭が冴えてしまって寝付くことができなかった。
目をつぶってもいろいろな映像が黒いスクリーンに浮かんできて寝るのを邪魔してくる。
中でも最悪な映像は友人のドヤ顔と、彼女が知らない男と仲睦まじげに歩いている姿だった。
結局頭が冴えたまま迎えた朝は、陽の光が目に染みて瞼を開けるのが億劫だった。
朝日がこんなにまぶしいと感じたのは初めてだと思う。
ついでに言うと、一晩に何度も彼女の姿を想像したのも、彼女が他の男と一緒にいる想像をしたのも初めてだった。
ここまで来て自分自身のことに気づかないほど自分の事に鈍感な俺ではなかったことに少し安心する。
俺は心の底から嫌なのだ。
彼女が他の男を選ぶことが。
そのことを想像しただけで、彼女が近くにいるときとは違う熱で脳と心臓が焼き切れるような感じがした。
そして、俺は、彼女の事が、とてもとても、好きなのだ。
遠くで見ているだけではもう足りない。
猫の画像の話で盛り上がるだけではもう足りない。
向かい側の席ではもうたりない。
もっと近くで、彼女のぬくもりと、その肌と、肌から立ち上る彼女の匂いを感じたいと思っている。
その結論に至った時、自分自身で、引いた。
友人の言う通り、俺は本当に変態でキモイやつだ。
けれど、それでも彼女と一緒にいる将来しか浮かんでこない自分のお花畑な脳内が恨めしい。
しかも、彼女には彼氏がいるかもしれないっていうのにだ。
もう、これは、告白する以外に、選択肢は残されていないな。
もしダメでも、あの人の不幸が大好きな友人に塩を塗ってもらおう。
そしたらそこが漬物になって後々おいしくいただけるようになるかもしれない。
自分の中で結論が出たことで寝不足を忘れるくらいすっきりした俺は、無駄に明るい気分で学校へ向かったのだった。
『後悔先に立たず』『後の祭り』『火に油』――最後のは違うか。
俺は聞いてしまったのだ。最後まで聞かずに済んだのがせめてもの救いだろうか。
何を聞いてしまったかって?それは、あれだよ。ああ、自分の口で言うのが辛すぎる。
「ほう。彼女には彼氏がいるのかあ。」
……オマエ、オレヲ、コロスキカ。
「けど彼女かわいいから今まで噂にならなかったのが不思議なくらいだよな。」
……ソレイジョウ、エグルノヲ、ヤメテクレ。
「ま、大丈夫だって!おまえイケメンじゃん☆」
……オレ ハ ニゲダシタ。
「友よ。お前は俺の傷に塩を塗り込んでそんなに楽しいか。」
両手で顔を隠してうつむく俺を、見た目はイケメン、頭脳はブサメンな友人は言う、「すんげーたのしい」と。
事の発端は中休みに彼女のグループが俺らのクラスの前の廊下を通った時の会話だ。
俺の席は一番廊下側の席で、うちの学校は廊下と教室の境界の壁にガラス窓が付いている。
だから廊下にいる人物と会話したい時などはその窓を開けて話をしたりできる便利な造りをしているのだ。
普段なら便利以外の何物でもないその窓から入り込んできた彼女と彼女のグループの女子との会話。
「それで最近彼とはどうなのよー?」
「え…ふ、ふつうだよ。」
「でも前よりもラブラブじゃーん。」
「全然そんなことないってば。もー」
途中から耳が勝手に塞がれたように周りの音が聞こえなくなっていた。だから最後までその会話は聞こえなかったのだけれども、聞かなくてよかったと思う。
最後まで聞いてしまったら、たぶん今頃俺は学校を自主休業している。
「でもさ、その会話の流れだと別に彼氏いるとは言ってないじゃん。あきらめるのはまだ早いと思うけどなあ。」
「おまえは他人事だからそんな風に思えんだよ。」
「そうかなあ。けどさ、とりあえず急がないとならなくなったのは確実だな。」
「は?何を急ぐんだよ。」
俺が問いかけると、友人は『これぞドヤ顔!』という顔でこちらを見ながら
「こ く は く ☆」
と、溜めをたっぷり取りながらいいやがったのだった。
その日の晩は頭が冴えてしまって寝付くことができなかった。
目をつぶってもいろいろな映像が黒いスクリーンに浮かんできて寝るのを邪魔してくる。
中でも最悪な映像は友人のドヤ顔と、彼女が知らない男と仲睦まじげに歩いている姿だった。
結局頭が冴えたまま迎えた朝は、陽の光が目に染みて瞼を開けるのが億劫だった。
朝日がこんなにまぶしいと感じたのは初めてだと思う。
ついでに言うと、一晩に何度も彼女の姿を想像したのも、彼女が他の男と一緒にいる想像をしたのも初めてだった。
ここまで来て自分自身のことに気づかないほど自分の事に鈍感な俺ではなかったことに少し安心する。
俺は心の底から嫌なのだ。
彼女が他の男を選ぶことが。
そのことを想像しただけで、彼女が近くにいるときとは違う熱で脳と心臓が焼き切れるような感じがした。
そして、俺は、彼女の事が、とてもとても、好きなのだ。
遠くで見ているだけではもう足りない。
猫の画像の話で盛り上がるだけではもう足りない。
向かい側の席ではもうたりない。
もっと近くで、彼女のぬくもりと、その肌と、肌から立ち上る彼女の匂いを感じたいと思っている。
その結論に至った時、自分自身で、引いた。
友人の言う通り、俺は本当に変態でキモイやつだ。
けれど、それでも彼女と一緒にいる将来しか浮かんでこない自分のお花畑な脳内が恨めしい。
しかも、彼女には彼氏がいるかもしれないっていうのにだ。
もう、これは、告白する以外に、選択肢は残されていないな。
もしダメでも、あの人の不幸が大好きな友人に塩を塗ってもらおう。
そしたらそこが漬物になって後々おいしくいただけるようになるかもしれない。
自分の中で結論が出たことで寝不足を忘れるくらいすっきりした俺は、無駄に明るい気分で学校へ向かったのだった。