時に、大気のように、香る
4いう
「おはよう。」
珍しく自分から朝の挨拶をした俺に、友人がこちらを見て疑うような心配しているような顔をした。
「ど、どうした…?ついに自棄を起こしたか?」
全くもって失礼な奴である。
「自棄なんか起こしてないよ。けど、まあ、吹っ切れはしたかな。」
友人はさらに表情を変え、今度は目を大きく見開いて首を横にぶんぶん振りながら俺の肩を揺すり始めた。
「やっぱり自棄起こしてんじゃん!諦めたらダメだー!!」
なんか勝手に勘違いして勝手に盛り上がっている様子の友人に感心してしまう。
朝からよくそこまで頭を回転させられるもんだ。
そして揺するのをやめてほしい。寝不足で頭が重い。
「いや、だから違うって。彼女には彼氏がいるかもしんないけど、俺告るわ。」
さらりと自分の決心を言った俺を見て、今度は固まった。朝から忙しいやつだ。
「え。え。。お、おお。そうか。うん。わかった。」
なぜかそこの飲み込みは早く、勝手に納得したようだった。
「ちなみに今日の昼休みに告(イ)うことにした。」
そうすると、いつもの調子を取り戻した様子の友人は
「ふーん。校舎裏に拉致しちゃうの?いやーん。さすが変態。」
とえらく楽しそうに尋ねてきたので
「そこは、まあ、内緒。」
と、女子みたいに返すしかない俺であった。
昼休みが来た。
寝不足の人の多くがそうであるように、昼くらいに眠気のピークがくる。
そして、朝のうちはなぜか無駄にテンション高めなのだが、ここからは急降下する時間である。
しかーし。今日の俺は一味違うんだぜえ。
……今の発言は見逃してほしい。眠気は吹っ飛ぶし、むしろテンション上がってしまうほど緊張しているのだ。
いつも通り月見そばとおにぎり(お!今日はウズラの半熟ゆで卵!)をおばちゃんに注文し、いつもの自分の席に着く。
程なくしてかつ丼をトレーに乗せた友人が俺の前の席に着いた。
「験担いどいたから。」
とコソコソ耳打ちしてこちらを流し見てくる。うざいけど、正直うれしい。
いつもの月見そばなのに全然味がしない。味どころか熱さも感じない。
もう味覚もなにも、すべての神経はこのあとのことに集中してしまっていて全然いつものようにおいしく食べられない。
唯一脳だけはすごく回転していて、「ああ、告白する前ってこんな感覚なんだ」なんてことを冷静に考えているもう一人の自分もいて、面白いなあと思う。
いよいよおにぎりの最後の一口を飲み込んで、というより喉の奥に押し込んで、トレーを片づけに行く。
立ち上がったとき少しふらついた感じがしたが、すぐそれは緊張のせいで呼吸が浅くなっているせいだということに気づいた。
返却口にトレーを戻し、自分たちの席に戻る。
その間にも頭はすごく回転していて、朝まで考えていた告白の手順をイメージする。
いつもより少しだけゆっくりめに席に戻ると、それを合図にするかのようにいつも通り友人と彼女は席を交換する。
なんだかみんながいつもよりゆっくり動いているように見える。
彼女の口角が徐々に上がっていくのもいつもよりゆっくりだ。
そしていつも通り、自分のポケットからスマホを取り出す。
そして画像を表示させるフリをしてアプリを操作する。
期待させて彼女には申し訳ないのだけれど、今日は猫の画像は用意していない。
彼女は「今日はどんな猫の画像だろう」と楽しみにしている顔をしてくれている。
今日も今日とてかわいい。
あ、この前付けていたピンを付けている。やっぱりすごく似合う。
アプリの用意ができたので彼女の方にスマホを差し出す。
彼女は少し頬をピンクに染めてワクワクした表情で俺のスマホをのぞき込む。
次の瞬間の彼女の表情を俺は一生忘れないだろう。
彼女の瞳はキラキラを通り越して潤み始め、堪えるように瞼を閉じ、そしてうつむいた。
色の白い首から頬、耳にかけて、それはそれは血が噴き出すかのように真っ赤で、俺にはそれがとても美しく見えた。
彼女はきれいな指先で俺のスマホの画面をなぞりながら何かを言っているようだが、俺は今の彼女の姿を目に焼き付けるのに一生懸命で耳にまで神経を配れないので聞き取れない。
そして、怒ったような、困ったような、笑いをこらえるような複雑な表情を俺に向けて俺のスマホを差し出してきた。
そこに書かれた文字を、一字一字、一つも見落とさないように細心の注意を払いながら読んだ。
読み終えた時の自分はもう自分でないようだった。
「もう死ぬ!」と思うくらに心臓の鼓動が早いし、血が沸騰しているように全身が熱い。
喜びで鳥肌が止まらない。
ああ。もう。本当にすべてかわいい。
照れながら差し出す指が震えていることも、そこに綴られた彼女の気持ちもすべてがかわいい。
そして、こんな時にほんと自分でも呆れるのだけれど、今彼女の放つ匂いがいままで嗅いだ中で一番いい匂いだ。
彼女の全身からこちらに向かって温風が流れてきたように全身が彼女の匂いに包まれたような気がした。
あのあたたかくてやわらかい匂いに、もっと魅力的な何かが加えられた抗いがたいほどのいい匂いだ。
もっと近くでその匂いを嗅ぎたくて、俺のスマホを触ったままの彼女の手を掴んで少し引っ張る。
引っ張りながら自分の腰を椅子から少しだけ浮かせて、彼女のピンが付いていない方の耳元に自分の顔を寄せる。
そこまで行くと今まで感じていた以上の濃厚な彼女の匂いが鼻腔を刺激し、彼女の匂いが鼻腔から流れて肺を満たすと、それは、もう、今まで生きてきた17年間の常識を一瞬で崩すほどの幸福感が俺を襲ってきた。
俺が彼女の匂いに集中していると、彼女が体をもぞもぞ動き始め、俺しか聞こえない声で
「さすがに、恥ずかしい…。」
と言ったのだった。
そんなことを言われたら、理性を取り戻しちゃったら、俺が一番恥ずかしいです。
冷静さを取り戻して椅子に腰を下ろし、横を見ると…
友人と彼女のグループの女子たちが、最大限のニヤニヤを顔に貼り付けてこっちを見ていたのだった。
珍しく自分から朝の挨拶をした俺に、友人がこちらを見て疑うような心配しているような顔をした。
「ど、どうした…?ついに自棄を起こしたか?」
全くもって失礼な奴である。
「自棄なんか起こしてないよ。けど、まあ、吹っ切れはしたかな。」
友人はさらに表情を変え、今度は目を大きく見開いて首を横にぶんぶん振りながら俺の肩を揺すり始めた。
「やっぱり自棄起こしてんじゃん!諦めたらダメだー!!」
なんか勝手に勘違いして勝手に盛り上がっている様子の友人に感心してしまう。
朝からよくそこまで頭を回転させられるもんだ。
そして揺するのをやめてほしい。寝不足で頭が重い。
「いや、だから違うって。彼女には彼氏がいるかもしんないけど、俺告るわ。」
さらりと自分の決心を言った俺を見て、今度は固まった。朝から忙しいやつだ。
「え。え。。お、おお。そうか。うん。わかった。」
なぜかそこの飲み込みは早く、勝手に納得したようだった。
「ちなみに今日の昼休みに告(イ)うことにした。」
そうすると、いつもの調子を取り戻した様子の友人は
「ふーん。校舎裏に拉致しちゃうの?いやーん。さすが変態。」
とえらく楽しそうに尋ねてきたので
「そこは、まあ、内緒。」
と、女子みたいに返すしかない俺であった。
昼休みが来た。
寝不足の人の多くがそうであるように、昼くらいに眠気のピークがくる。
そして、朝のうちはなぜか無駄にテンション高めなのだが、ここからは急降下する時間である。
しかーし。今日の俺は一味違うんだぜえ。
……今の発言は見逃してほしい。眠気は吹っ飛ぶし、むしろテンション上がってしまうほど緊張しているのだ。
いつも通り月見そばとおにぎり(お!今日はウズラの半熟ゆで卵!)をおばちゃんに注文し、いつもの自分の席に着く。
程なくしてかつ丼をトレーに乗せた友人が俺の前の席に着いた。
「験担いどいたから。」
とコソコソ耳打ちしてこちらを流し見てくる。うざいけど、正直うれしい。
いつもの月見そばなのに全然味がしない。味どころか熱さも感じない。
もう味覚もなにも、すべての神経はこのあとのことに集中してしまっていて全然いつものようにおいしく食べられない。
唯一脳だけはすごく回転していて、「ああ、告白する前ってこんな感覚なんだ」なんてことを冷静に考えているもう一人の自分もいて、面白いなあと思う。
いよいよおにぎりの最後の一口を飲み込んで、というより喉の奥に押し込んで、トレーを片づけに行く。
立ち上がったとき少しふらついた感じがしたが、すぐそれは緊張のせいで呼吸が浅くなっているせいだということに気づいた。
返却口にトレーを戻し、自分たちの席に戻る。
その間にも頭はすごく回転していて、朝まで考えていた告白の手順をイメージする。
いつもより少しだけゆっくりめに席に戻ると、それを合図にするかのようにいつも通り友人と彼女は席を交換する。
なんだかみんながいつもよりゆっくり動いているように見える。
彼女の口角が徐々に上がっていくのもいつもよりゆっくりだ。
そしていつも通り、自分のポケットからスマホを取り出す。
そして画像を表示させるフリをしてアプリを操作する。
期待させて彼女には申し訳ないのだけれど、今日は猫の画像は用意していない。
彼女は「今日はどんな猫の画像だろう」と楽しみにしている顔をしてくれている。
今日も今日とてかわいい。
あ、この前付けていたピンを付けている。やっぱりすごく似合う。
アプリの用意ができたので彼女の方にスマホを差し出す。
彼女は少し頬をピンクに染めてワクワクした表情で俺のスマホをのぞき込む。
次の瞬間の彼女の表情を俺は一生忘れないだろう。
彼女の瞳はキラキラを通り越して潤み始め、堪えるように瞼を閉じ、そしてうつむいた。
色の白い首から頬、耳にかけて、それはそれは血が噴き出すかのように真っ赤で、俺にはそれがとても美しく見えた。
彼女はきれいな指先で俺のスマホの画面をなぞりながら何かを言っているようだが、俺は今の彼女の姿を目に焼き付けるのに一生懸命で耳にまで神経を配れないので聞き取れない。
そして、怒ったような、困ったような、笑いをこらえるような複雑な表情を俺に向けて俺のスマホを差し出してきた。
そこに書かれた文字を、一字一字、一つも見落とさないように細心の注意を払いながら読んだ。
読み終えた時の自分はもう自分でないようだった。
「もう死ぬ!」と思うくらに心臓の鼓動が早いし、血が沸騰しているように全身が熱い。
喜びで鳥肌が止まらない。
ああ。もう。本当にすべてかわいい。
照れながら差し出す指が震えていることも、そこに綴られた彼女の気持ちもすべてがかわいい。
そして、こんな時にほんと自分でも呆れるのだけれど、今彼女の放つ匂いがいままで嗅いだ中で一番いい匂いだ。
彼女の全身からこちらに向かって温風が流れてきたように全身が彼女の匂いに包まれたような気がした。
あのあたたかくてやわらかい匂いに、もっと魅力的な何かが加えられた抗いがたいほどのいい匂いだ。
もっと近くでその匂いを嗅ぎたくて、俺のスマホを触ったままの彼女の手を掴んで少し引っ張る。
引っ張りながら自分の腰を椅子から少しだけ浮かせて、彼女のピンが付いていない方の耳元に自分の顔を寄せる。
そこまで行くと今まで感じていた以上の濃厚な彼女の匂いが鼻腔を刺激し、彼女の匂いが鼻腔から流れて肺を満たすと、それは、もう、今まで生きてきた17年間の常識を一瞬で崩すほどの幸福感が俺を襲ってきた。
俺が彼女の匂いに集中していると、彼女が体をもぞもぞ動き始め、俺しか聞こえない声で
「さすがに、恥ずかしい…。」
と言ったのだった。
そんなことを言われたら、理性を取り戻しちゃったら、俺が一番恥ずかしいです。
冷静さを取り戻して椅子に腰を下ろし、横を見ると…
友人と彼女のグループの女子たちが、最大限のニヤニヤを顔に貼り付けてこっちを見ていたのだった。