矢野さん
「男だとか女だとか関係ありません!間違った方が謝るべきなんです!」

 握り締めた手を震わせながら涙を堪えているのだろうか。

 俺を睨んでいる瞳は潤んでいた。

「うん……まぁそうだけど…」

「私のせいで橘さんまでバカにされて…!悔しいじゃないですか!」

 瞳いっぱいに溜まった涙は矢野の頬を伝い流れ出した。

 それを拭うこともなく俺を睨みつづける矢野をただ見つめる――。

「……ごめん」

「なんで…橘さんが謝るんですか…」

「うん……なんでだろう…わかんないけど泣き止んでよ…」

 そう言った顔はきっと困った顔をしていたんだろう――。
 矢野は睨んでいた俺から視線を外し俯くと、鞄からハンカチを取りだし鼻をすすりながら涙を拭き始めた。

その姿をただじっと見つめていた――。

 矢野は自分が思うままに生きてきたのだろうか。

 初対面で俺を嫌いといい――。

 怖そうな相手でも間違っていると噛みついたり――。

 好きな物と嫌いな物とはっきりさせて生きてきたんだろう…。

 それはきっと人から見ると我儘な生き方なのかもしれない――。

 でもそんな矢野を俺は羨ましく思えた。

 人に流されてばかりで自分の意思を持たない俺にとっては 矢野の生き方は新鮮で眩しかった―――………。
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