矢野さん
 煙草を一回一回味わうように吸うとだんだん気持ちも落ち着いてきた。

 やっぱさっさと席替えしてもらおう。とてもじゃないが矢野とこれ以上話を続けるのは無理だ。

 くそ女が。俺の顔が大した事ないとか抜かしやがって……。

 あ、やべ……またイライラしてきた……。

 短くなった煙草を消し、新たな煙草に火をつける――。

 すると矢野が帰ってきた。

 だが席に座ることなく椅子に掛けていたコートと鞄を持つ。

「祐子さんすみません。急用が出来たので帰ります」

「えっ?!……そう……ごめんね急に誘って、また明日ね」

 おっ!いいぞ!矢野!初めて空気読んだな!そうだそうだ!お前は帰れ帰れ!

 突然の朗報に思わず顔が綻ぶ。

「じゃあ……橘くん。悪いけど駅まで送ってあげて」

「……は?」

 思わぬ言葉に笑顔で固まる。

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