矢野さん
 動揺した気持ちを落ち着かせ用を足すと、なに喰わぬ顔で部屋に戻った。


 矢野に会った事は言わず、それから暫くして三人で店を出た。


 言わなかったんじゃない……本当は言えなかった。


「矢野が男と一緒にいた」


 突きつきられた現実を口にする事が出来なかった。


 ウザイ……。こんな事も言えない自分が情けない。


「橘、俺祐子さん送って行くから。じゃあまたな」


 右手を上げて赤崎がそう言うと、祐子さんと駅の方向へ歩きだした。


 ポツンと残された俺は、暫く赤崎達の後ろ姿を見送ると反対方向へゆっくり歩きだした。


 ここからなら、アパートまで歩いて20分ぐらいだな……。


 ぼんやりそう思いながら歩く。
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