矢野さん
「橘さん……」


 俺の気持ちをまったく知らない矢野は、視線を俺から外して恥ずかしそうに鞄の紐を持った手をモジモジさせる。


「あの……キスは出来ませんけど……その……ハグ……してもらっていいですか?」


「……」


 矢野……お前は生殺しという言葉を知らないのか?


 鞄の紐を持ちモジモジとさせながらチラチラっと様子を窺う様に俺を見てくる。


 車の中はカーオーディオの淡い光だけの為、矢野の顔色まではわからないがきっと真っ赤に違いない。


 そんな矢野を可愛いと思う反面、頭が痛い。


 我慢できるか?俺……。


 ゆっくりハンドルから体を起こすと、上半身を矢野に向ける。


「おいで」


 そう言い軽く手を広げると、矢野が嬉しそうにそっと俺の胸にもたれ掛かって来た。


 矢野の小さな身体を抱き締めると沸々と沸き上がる欲望。


 矢野からは柔らかないい匂いがした。


 あームラムラしてきた……。
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