矢野さん
 男はフッと目を細めて笑うと矢野に再び顔を向けた。

 その態度にイラッとした――。

 なんだ今の?俺を見て笑いやがったな……。

 ムカついて男に歩み寄ろうとしたら、矢野が男と話が終わったのか小走りでやって来た。

「すいません。話し込んでて……。帰りましょうか」

「あ、ああ……」

 そう言って再び矢野から男が居た方へ目を向けると、既に男の姿はなかった。

 胸に蟠りを残したまま矢野と映画館を出た。

 あの男に会ったせいなのか、さっきまで笑っていた矢野の顔は曇っているようにも見える。

「どうかした?」

 矢野の顔を覗き込むように見ると、慌てて愛想笑いをする矢野。

「え?別にどうもしませんよ」

「……ならいいけど」

 深くは追求しなかったのは、そんな事をしても意味がないと思ったから。

 あの男と矢野の関係なんて俺には正直どうでもいい。

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