雨風ささやく丘で
午後5時45分。

作業への集中はまるで時間を短縮させる魔法の装置だ。腕時計に目をやると退社時間がそろそろ近づいている。運のよいことに、今日は残業を持込みしないで済みそうだった。
「じゃあまた明日ね夏希。お疲れ様」
「うん、お疲れ」

互いに会社の前で別れると、私は真っ先にパソコンの専門家へと向かった。今のところ車はないため、歩きで最も会社から近い3丁目ぐらいにあった店に入った。

店内では色んな機種のノートパソコンが並べられていて、その関連アイテムも豊富に備えられていた。
「いらっしゃいませ、どうなさいましたか?」
細身で見た目が親切そうな店員が明るい声でそう聞いてきた。
「ちょっとみてもらいたいことがあるんですけど」
「はい、ではこちらにおかけになって下さい」

一旦昨日のことを説明するとノートパソコンを点けることに。
完全に電源が点いたのと同時にやはり謎の黒い四角は相変わらずそこにぽつんといた。
「問題の四角です…」
再びそれを目にして私はエアコンで寒気を感じていたのか、不気味さから寒気を感じたのか私には区別がつかなかった。しかしエアコンと不安が重なった結果、喘息のせいで胸が少し苦しい。咳も数回した。気を付けないと発作してしまう。

とにかくこの謎の黒い四角は脅威だと何となく感じる。
店員はマウスでその四角へ何度も何度もクリックを押しては、私と同じくバツ印を探したりした。しかし何も変わることはなかった。
専門家であることあって、店員は私が試そうとも思わなかった数種類の他の方法であれこれ試した。やはり原因は見つからない。
「磯崎さんは確かにウィールス対策ソフトでスキャンしたりしたんですね?」
店員は眉間の眉を寄せ、困ったように頭を傾けて聞いた。
「はい」
「うーん…ではこちらの方のソフトで一度ウィールスかどうかスキャンしてみます。少しお時間かかるので、よろしければ1時間後か別の日にまたお伺いしても宜しいのですが、どうしましょう?」
「じゃあ、今日中にまた来ます」

お腹が空いていたということもあり、私はコンビニで腹騙しにとお菓子を買いに行った。
時間も1時間はあるだけに立ち読みをしようと雑誌コーナーへ行った。手に取ったのは芸能週刊誌。他人のスキャンダルを見て、ほのぼのとした日常生活に少しだけでも衝撃性が欲しくてそうしたのかもしれない。

内容は「○○女優不倫騒動!」、「○○女優と○○俳優に熱愛発覚!」というスキャンダルもの。
しばらく目を通し、適当にページを進めていくと占い師紹介コーナーに着いてしまった。
占いを信じたこともなければ、ましてや占い師。ここに写っているみなはただのペテン師にしか見えない。
その内の一件は私のアパートのすぐ近くにあった。アパートから徒歩で20分といったところだろうか。別に必要ないけれど。
その占い師で恋占いが初回無料となっていた。客を惹きつけるための方法だと知りながらも、今回ばかりは見てみたいという衝動が一瞬心の隅に走った。
迷ってしまったけれど、その迷いを振り払うべく私はその週刊誌を閉じ、元の場所へ戻した。

そのまま町内を歩き回っている内にようやく時間が過ぎ、私は店へと戻った。
「あ、磯崎様ですね」
再び同じ店員がお出迎えにきた。
「はい」
「問題の四角なんですが…ウィールスではないようですね」
「そう、ですか」
「お客様さえよろしければこちらで色々と詳しく調べますが」
「ああはい、お願いします」

ノートパソコンは一旦預かることになり、少しだけ肩から荷が下りた感じがした。理由はあの黒い四角から離れられて安心したからだろうか。
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