雨風ささやく丘で
午後8時15分。

アパートに着き、ドアを閉めると急に襲ってきた孤独感。黒い四角の件のこともあり、一層一人でいることで心細くなってる自分が不安で仕方ない。
とりあえず明かりやテレビを点け、なんとか一人でいることを誤魔化そうとした。

そのままシャワーを浴びにお風呂場へ行く。
今の状況で鏡を見るのはとても嫌だけれど化粧を落とすのには見なければならない。
幽霊特殊番組を見た後の時と全く同じ状況だ。しかし今回は画面越しでの他人事ではなく、自分の周りで起きていると思うといつもより妄想が働いてしまう。

洗顔料を顔に塗っている間、目は当然閉じる。しかし今は目を開けてでも構わなかった。
自分でも分かる。テレビの音では誤魔化せないほど、自分の妄想で感じている恐怖はゆっくりと酷くなってきていることに。何故か自分を恐怖に追い込もうとするジブンが暴走していることに。

私は早く済ませようと目を閉じた。急いで洗顔料を顔に塗り、そうしている間は聴覚のみが自由になる。目が見えない分、聴覚は余計鋭くなる。

テレビの音に、自分の息使い。
そしてどこからか割って交わる無の音。静けさの音。

心臓の鼓動が徐々に早くなるのを感じる。
もはや自分が作り出した未知の不安に心臓が痛みだしてきた。

一刻も早く目を開けたい_

その一心に私は顔に水を掛け、目を開けた。

しかし洗顔料が微量に残っていたのかそれが目に入ってしまう。目が痛むのと同時に、私はそれでも目を開けることに専念した。これ以上目を閉じているのが怖かった。

視界は痛みと共に、酷くぼやけて見える。目が焦点を合わせようとうろうろしていた。手をむやみに伸ばし、タオルをとりあえず手探りで探す。

右へ向こうとしたその時だった。

一瞬だけ等身大の黒いモヤが見えた。


キャッー!



黒いモヤが見えるほど黒色をした物は家に置いた覚えはない。
明らかに人の大きさだった。

恐れながらも私は再び目を戻してみると、そこに黒いモヤはもうなかった。

「雄人?...ねぇ雄人なの?」
私は恐怖に震えた声で小さく聞いた。しかし返事はない。

別れてからも雄人にアパートの合鍵を返してもらった覚えはない。もしかしたらと思い、雄人がここに居るんだと信じたい。タチの悪い遊びが好きだった雄人なら有り得る。
「雄人?」
もう一回呼びかけてみるが、やはり返事はない。

見えた物が何であったのかを確認出来ない限り、不安は止まることを知らずにどんどん心を蝕んでいく。
そして喘息が発作し始めたのか、心臓の鼓動が早くなっていくにつれてもっと痛くなっていく。

はぁ はぁ はぁ

首が締められるように息が苦しくなり、目からは涙が出てきた。
私はとっさに喘息用の吸入器が鏡台にないか、必死に手探りで探した。手が物にぶつかりそれらはみな床に落ちていく。
ぼやける視界の中、見覚えのあるケースが見え、それを急いで口にやった。
シュッ!と一回押すと、次第に発作は治まり、視界も治っていった。

涙をふき、何が起きているのかを把握出来ない不安を抱えながらも、まず息が落ち着くのをしばらく待った。
そしてアパート内を見渡した。

確かに誰もいない。

脚から次第に力がなくなっていき、体を支えられなくった脚私は思わず尻もちついた。
そして私はこみ上げる気持ちが抑えられず、泣いてしまったのだった。



※吸入器というのは喘息発作の時に用いるもの。容器から喘息発作を抑えるための薬を噴射する。
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