絶対に好きじゃナイ!
「わ、わたしに行かせてください! がんばります!」
「ああ、頼んだ」
オフィスではいつも精悍な顔つきを崩さない社長が、少しだけ柔らかく微笑んだ。
そして机の上に置いてあったわたしの左手にさり気なく自分の手を重ねると、後ろから覆いかぶさるようにして耳元に唇を寄せる。
それから別人みたいに低くて魅力的な声を、甘く響かせながら言った。
「なにを思い出してんのか知らねえが、顔が緩んで隙だらけだ。気をつけろよ」
「なっ!?」
わたしの肩が跳ねると同時に、サッと離れると何もなかったみたいに颯爽と奥のデスクに戻って行ってしまった。
な、な、なんであの人!
しっ、仕事中なのに!
あまりのことに驚いてぽかんと口を開けたままその背中を凝視していたら、くるりと社長が振り返った。
そして口の端を器用に片方だけ引き上げると、意地の悪そうな顔で笑う。
悔しいことに、わたしにはそれだけであの人の言いたいことがわかってしまった。
『仕事中に余計なこと考えてるのは一体どっちだ?』
って、言いたいんでしょう!
「もうっ!」
集中するのよ、梨子!
今日はもう絶対、絶対に社長のことを考えたりしないんだから!