あの夏のキミへ
玄関からガチャンと音がした。

おかしいな、ちゃんと鍵かけたはずなんだけど…。

パタンパタンという静かな足音が近づいてくる。

心臓はばくばくと音を立て、わたしは咄嗟に立ち上がり、身構える。

…と、次の瞬間、居間に姿を現したのは…母だった。

わたしは拍子抜けして床にへたりこむ。

「…ふふっ、ひかりぃ〜、ひっさしっぶり〜!!」

やけに陽気だ。

濃い化粧ごしにでもわかるほどの赤みがさしている。

「あたしねぇ〜、またつきあってたおとことわかれちゃったぁ〜」

呂律もうまくまわっていない。

こりゃそうとう呑んでるな。

まあなんて言ってるかはわかる。

聞き飽きてるから。

つき合ってた男と別れたってこと。

…これで何回目だろうか。

つき合っては別れつき合っては別れの繰り返し。

別れたと聞くたびに何をやってるんだ!と怒鳴りたくなる。
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