好きから逃げない。
休憩時間の延長線上なのか、クラスは授業時間が始まっても静かにならなかった。先生は何故かまだ教室に来ていない。
「なぁ、先生遅くないか?」
「ほんとに。最初だってのに遅刻かよ。」
「ってか数学だりーな。このまま来なくていいんじゃね」
「確かにな!」
「どんな人だろうね、先生」
「どうせお爺ちゃんでしょ」
「数学の先生にイケメンなんてなかなかいないっしょ」
「ハゲかもね」
「うへーサイアク」
1年、最初の数学の授業。
まだ見ぬ数学の先生に対して、クラスメイトは口々に言った。
皆、こんなに不満たらたらだけど、先生来たら変わるんだろうなぁ。だってそれなりにイケメンだし。
このクラスの女子の大半がイケメン好きだというのは、学校生活が始まって数日で分かってしまっていた。
しばらくして、廊下を走る音が聞こえたと思うと勢い良くドアが開いた。
「すまん遅れたっ」
その時の、クラスの空気は忘れることは無いだろう。
主に女子は、みんな先生を見て固まった。
男子は、先生を見た後女子を見回してから固まった。
ハハ、やっぱりな。
先生は、その様子を緊張と捉えたのか、少し苦笑いして号令をかけるよう言った。
「このクラスの数学を担当する雪名玲二だ。…よろしくな。このクラスは文系だから、数学は苦手かもしれない。でも出来る限りのことはするから、お前らも分からんとこあったら絶対聞きに来い。」
そう言ってさっそく授業に入った先生は、その後の休憩時間、女子に囲まれて尋問されることとなった。
これじゃあ聞けないな。
群がる女子に割って入る勇気はない。
先生は何であたしを知ってたんだろう。
そりゃあ、名簿であたしの名前は前もって知ることは出来たけど、顔まで知らないでしょ。
「謎は謎のままだなぁ。」
ぽそっとつぶやく声は、
「いい加減にしろお前らー。俺はこの後も授業なんだよ。」
と、雪名先生の焦った声にかき消された。