バンパイア~時間(とき)を生きる~

「そうね。」
 微笑んで、蓮華は女の子の頭の上に手をおいた。わずかに哀しみの色を浮かべる。
 女の子は頬をふくらませ、怒りの表情を見せる。
「蓮華!『そうね。』じゃないだろ。怒るぜ、父さま。あのバカ力で殴られるかもしれないし、家を追い出されるかもしれないし‥‥、今度は何をされるかわからない! オレが止めにはいっても、止められるかわからない!それでも、お前はこのまま『帰る』というのか?」 男は厳しい視線を彼女に向けた。
 蓮華はうなづくと、遙か下方に見える地上の家々を見つめた。
「そんなのだめぇ!姉ちゃまが叱られるの、椿は見たくない。」
 椿というのはその子の名前。
「見なくていいのよ。そんなところは、ね。」
「お前なぁ、オレ達はバンパイアだぜ。何故そんなに血を拒むんだ?」
「人殺しはしたくないの。」
 イラついた男の言葉に、蓮華は感情をもたない声で答えた。
「いいじゃない、姉ちゃま。人間なんて腐るほどいるのよ。アタシ達が食べたくらいで絶滅なんてしないもの。」
 椿がそう言うと、蓮華は大気の中にしゃがみこみ、椿の両肩に手をおき、視線を合わせた。
「椿、そんなことを言ってはだめ。確かにあなたが言うとおり、私達が食事をしたところで減る人間はごくわずかよ。けれど、ただの一人だって死んでいい人間はいないの。」
 私とは違って‥‥。
 彼女はそこで大きく息を吸った。顔には苦痛の色があらわれる。
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