バンパイア~時間(とき)を生きる~
「たった一人の人間だって、他の人間にはたまらなく大切なの。そんな人間の命を断つなんて、私にはできない。
ねぇ、椿。あなただって父さまが死んでしまったら、とても悲しむでしょう。それと同じで、一人の人間が死んでしまったら、その人間の家族や仲間はとても悲しむの。人間の血を吸うってことはそんな気持ちを多くの人間に味あわせることなのよ。わかるわね。」
椿はうつむいた。肩を震わせて‥‥。
そして、言う。
「椿にはそんなことわかんない。それに父さまは絶対に死なないもん!」
なんとなくではあるが、椿は蓮華が言いたいことを理解してしまった。だからといって自分の姉が血を吸わないことを肯定はできないし、したくない。
「死んでしまいそうなのは、姉ちゃまじゃない!食べてよ!」
幼い子、特有のかんだかい声が耳につく。
「私にはできないよ‥‥。」
怖くて、怖くて、たまらないの。
「椿の言うとおりだぞ。なぁ、蓮華。お前はそうやって人間を守ろうとするけれど、お前には血が必要何だ。お前の体が欲しているんだ。それに、人間だって生きるために動物を食べる。オレ達は人間の血を吸う。ただそれだけの事だ。」
ただの食物連鎖なんだから。
男の瞳は優しく語りかける。
「今、オレが一人調達してくるから、そしたら食事するんだぞ。」
「イヤッ!駄目よ、駄目、駄目、絶対にそんなことしないで、ね、お願い、柘榴。」
蓮華は目の前にいる男、柘榴の両腕をつかみ、言った。
「血がなくたって、死にそうだって言ったって、結局私はこうして生きてる。だから、血なんかいらない。」
柘榴は、精一杯力をこめていた彼女の腕をいとも簡単にふりほどくと、逆に彼女の両腕をつかんだ。そして、彼女の体を徐々にひきよせる。
「そりゃぁ、オレ達バンパイアは不死身さ。絶対に死なない。だけど、それは魔力のある時の話だ。お前が血を飲むのをやめ、魔力が尽きれば‥‥。」
「やめて!私はこれで良いんだから!柘榴、帰ろう。‥‥疲れちゃったよ。」
義兄である柘榴は、彼女の腰に片手をまし、残った手であごをつかまえ、やわらかな、桜色の唇をそっと押し上げ、歯を見て言う。
「ちゃんと食べねーから、牙だってちっとも大きくなんないし、瞳だってそんなに雲って。そんなんじゃ、嫁にいけないぞ。」
「牙なんてなくたっていい‥‥、お嫁にだっていけなったっていい‥‥。帰ろう、ウチへ‥‥。」
そう言いつつ彼女は柘榴の腕に沈み込んできた。魔力がもう残り少ないのだろう。意識はかろうじて残っているが、体は眠り始めている。
「お願い‥‥。帰ろう‥‥。」
最後にもう一言、それから彼女は意識も手放した。
「姉ちゃまぁ‥‥。」
椿は自分の視線を、蓮華にあわせるべく浮かびあがり、心配そうにつぶやいた。
「仕方ない‥‥帰るぞ、椿。」
「え、でも、このまま帰ったら姉ちゃま叱られちゃう。」
「蓮華が選んだことだ。オレ達にはどうしようもない。‥‥行くぞ。」
もう、生きるための魔力しか残ってないくせに、こんな選択をするのか、お前は‥‥。 柘榴は、あえて魔力で蓮華をう浮かそうとはせず、薄いガラスに触れるかのようにそっと抱き抱えると、闇色のマントをなびかせて飛びたった。