バンパイア~時間(とき)を生きる~
大気と舞い風と進む。それは、バンパイアが空を飛ぶ方法。
人間の街並から遠く離れると、古く錆びれた屋敷が見えてきた。背後にうっそうとした森を率いるその家からは、光が漏れている。そこが彼らの家なのだ。
柘榴と椿は、屋敷の前に軽やかに降り立った。柘榴の足下で、枯れ木が乾いた音をたてて折れる‥‥が、蓮華はまだ目覚めない。
「椿、しけた面してないで、さっさと家に入れ。」
柘榴は先程から義姉の姿しか見ていない椿をせかした。
「うん‥‥。」
うなづきつつ、うつむく椿に柘榴がもう一言。
「ったく、ほらっ!いつもの元気はどうした?笑えよ!」
ドンと小さな背中を押してやる。そうして漸くその子は家に入った。
「ただいま。」
椿の声を聞くと、奥から母親がでてきて三人を迎えた。
「お帰りなさい。椿、どう?満足のいく食事ができたかしら。」
母親は、椿の着ている闇色のマントを脱がせながら問う。
「うん‥‥椿はね。」
椿は良かったんだけど‥‥。その子は振り返り、柘榴に抱えられた蓮華を見上げる。母親はそれを見て大きくため息をついた。
「駄目だったのね‥‥今日も。仕方がない娘。とにかく、父さまはまだ出かけてらっしゃるから、お帰りになってからお話ししましょう。柘榴、蓮華を部屋にねかせてあげて。」
「はい、わかりました。」
柘榴は、蓮華や椿に対してとは違い、丁寧な言葉で返答した。
「ねぇ、母ちゃまぁ、姉ちゃまはまた、父ちゃまに叱られてしまうの?」
小さな手をのばし、その子は母親に抱擁をねだる。
「そうね、きっとそうなるわね。」
母親も手をのばし、目に涙をためる椿を抱きかかえて立ち上がった。
「椿は優しい子ね。」
「姉ちゃまを傷つけないで‥‥。」
体も心も‥‥誰かそっと包んであげて。自分ではそれができない。だから、それができる抱擁力がある誰か、どうか蓮華を救ってあげて。
小さな椿は、そんな言葉にだせない思いをその一言にのせた。
「今、帰ったぞ。」
太く、低い声と同時に玄関のドアが開く。
「あ、お帰りなさい!」
母親の腕からおりると、今度は父親に抱きつき抱擁をねだる。先刻までの落ち込み様が嘘だったかのように見える。
「楽しかったか?食事は。」
椿を高く抱き上げ、軽く頬に口吻けし、父親は尋ねた。すると、その子の顔は少し曇る。
一瞬間があり、一大決心をした様子を見せると、父親の目をしっかりと見つめて言った。
「お願い!父ちゃま。姉ちゃまを叱らないで。」
その一言で父親は、出先で起こった極簡単でかつ重要な出来事を理解した。