おはようの挨拶とありがとうの花束を
だってそうでしょ。
あの部屋は私の部屋。
慎吾に合鍵は渡していたけど、私の部屋だもん。
出ていくのは慎吾とあの女。私がこの不慣れな街を彷迷う必要なんてない。
沖縄から上京し、食品メーカーの企画営業という仕事について、精一杯やって、彼氏もできて。
そのうち両親に紹介できるんじゃないかと、慎吾と一緒に沖縄の海を見られる日がくると思っていた。
それはもう夢の夢。
メロンソーダのように緑の海で弾けて、現実という痛みを伴う空間に消えた……。
マンションのドアをゆっくり開けると女の姿はなく、慎吾は冷蔵庫から出したミネラルウォーターを普通に飲んでいた。
「おかえり」
いつもの光景。もしかして悪夢だった?
「た、ただいま」
そう言ってベッドを見るとシーツは波打ったままで、枕には真っ赤な口紅がついていた。わざと残されたキスマーク。私も女だからわかる。
「慎吾、……出ていって」
「そんな冷たい事言うなよ。家賃滞納で部屋追い出されたの知ってんだろ」
わかってるよ。わかってるけど……。慎吾と一緒にいたのは独りで寂しかったから。別にそれほど好きじゃないんだ、と自分で自分に言い聞かせる。
テーブルの上に置いてあった合鍵を取り上げるように握り締めた。
「……出てって。もう来ないで!」
「ちぇっ」
慎吾の最後の置き土産は舌打ち。
その上、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを床に叩きつけていった。フローリングに滲みていく水が私の途絶えていた涙まで誘発させた。