おはようの挨拶とありがとうの花束を


翌週、私は舌打ちすらできないままその部屋を出た。枕もシーツも捨てたけど、それでもダメだった。光景は蘇るもの。ミネラルウォーターのシミは消えても心にできてしまったシミは蟠りとして消えない。

引っ越すしかなかった。

慎吾の匂いと女の匂い、そして、私、大城七海の匂いは新しい住人によってもう消えているだろうか。

もしかして慎吾も私の体に満足できずに他の女を抱いていたのかもしれないと今になって思う。

私は胸も小さいし、色気もないし、二十六歳なのにたまに未成年に間違われる。大好きなビールを買う時、身分証を求められたり。多分、見た目も中身も幼いのだ。だとしたら、私はどうしたらいいの?



この部屋へ引っ越してきて半年後。友達に誘われた人数合わせの飲み会で出版社に勤める滝沢雅春と出会った。

雅春の紳士的な佇まいや静かで丁寧な話し方に胸がキュンと体の隅々まで高鳴らせた。生きていてよかったと思った。

大げさかもしれないけど、この人と出会うために生きてきたんだ、と思った。

この人だけは失いたくない。幸せにしてほしい、ではなく、私が雅春を幸せにしてあげたい。




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