くろねことわたし
「いない、みたいだね」
都は残念そうに肩をガックリさせた。
私は、いなくて安心だけど。
そう思いながら、敷地内に入り玄関前に目をやると、ぎょっとした。
「おかえり〜」
いた。例の男の人。玄関前に座り込んで、眼鏡を掛けて本を読んでいた。
「な、なつみ。この人?」
「うん」
彼は私たちの姿を見ると、私と都を交互にみて、本を閉じ立ち上がり、眼鏡を外してそのままポケットにしまった。
「なんだ、1人じゃないんだ」
そう言い残して彼は歩き出した。
ぶつかりそうになって、急いで避ける。
彼は家から遠ざかるように歩き出した。
「ちょっとまってよ!いったいあなたは誰なの?」
私は彼を呼び止める。彼は止まって、首だけ振り向いた。
「強いて言えば…」
彼は一瞬考えると、
「なっちゃんの王子様かな?」
そう言った。
「まってまってなつみどういうこと?」
「あたしもわかんないよ!」
彼はまた歩き出してしまう。これは1人でいる時にまた会うのは怖いと思い、呼び止める。
「まっていかないで!どういうことか説明して」
彼はなつみの呼び止めには応じず、足を止めない。
なつみは彼を追いかけて腕を掴んだ。
「ねえ!」
彼は向きなおり、なつみの耳に口元を近づけると、
「あんまりしつこくすると君の大事なものを奪うよ」
どきっとした。大事なものって何?
怖くなって彼から離れた。
「またね」
それ以上は何も言えなくなって、立ち去る彼を見守ることしかできなかった。
「な、なつみ!」
都が心配して駆け寄ってきた。
私は少し放心状態でぼーっとしていた。