管狐物語

祖母の家は昔ながらの大きな平屋で、部屋数が多い。

掃除機をかけるのも一苦労で、春先で暖かいとはいえ、まだ肌寒いこの季節なのに、桜の額には、玉のような汗が浮かんできている。


大方、家具もそのままだったので、これなら、すぐに普通に生活できるな…と桜は首にかけていたタオルで汗を拭いて、一息ついた。


「ふーー。
後は、おばあちゃんの部屋だけだ…」

1人で居る時間が長いと、どうも独り言が多くなって困るな…と苦笑いする。






祖母の部屋の物は、ほとんどそのまま、動かしていない…。

祖母が亡くなって、長い間、魂が抜けたように、何もする気が起きなかったということもあるし、物の一つ一つに、祖母の思い出が深く染み付いていて、悲しくなるからだ。


今はもう、そんな気持ちにはならなくなった…と言いたいが、まだ桜は不安だった。

キュッと唇を噛み締め、部屋に入った桜は、掃除機を置き、引き込まれるように、なぜか祖母が愛用していた文机に近づいた。


空き缶に、折り紙が巻かれ、星やハートの形貼り付けてある。
その缶の中には、ペンが沢山立ててある。

これは、小学校低学年の桜が図工の時間に作り、祖母にプレゼントしたものだった。
祖母は、とっても喜んでくれ、ずっとペン立てとして使ってくれていた。


「だいぶ色が抜けてきちゃったな…」


桜は、そっとペン立てに触れた。
鼻の奥がツンとしてくる…


ヤバイっ……!


桜の瞳に涙が浮かんだが、流れ落ちる前に、目をごしごし拭いた。


もう泣くのはやめたのだ…
祖母が安心してあの世で幸せになれないから…









…突然、開けた窓から、ざあっと風が吹きこみ、桜の黒髪をさらった。
桜は、風の吹いている道を見つめ、顔にかかった髪を、耳にかけた。



なんだろう…なんか、変…




その不思議な風の音の中に、誰かの声がする…。








…もう…なかないで…くだ…ひ…め…


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