管狐物語
桜はため息ひとつ、自分の目の前に座る男を見た。
桜には、一切目もくれず、手酌で酒を飲んでいた。
見た目は桜と同じ年齢に見えるので、酒を飲んでいることに、ぎょっとしたが、妖なら、かなりの年数生きてきているのだから、変なことはないんだな…と思い直す。
綺麗な黒髪が、整った顔立ちに映え、狐というよりは、狼をイメージさせた。
人を近寄らせない雰囲気が、彼にはある。
桜は、ますます肩身が狭くて、早く部屋に帰りたくなった。
すると…
「何、争ってるんですか?
皆さん。
そんな暇あったら、手伝って下さいよ」
台所から、無地の白いエプロンをつけた老紳士がお盆に乗った料理を持って、眉間に皺を寄せていた。
髪はほとんど白髪で、眼鏡をかけたその顔は、昔かなりの色男だったようで、その名残りが今でも残っている。
桜は、さっきの年老いた管狐を思い出し、ホッとした。
ーあ!さっきの優しい管狐だ…きっと…
さっきの小さな狐からは、想像もつかないが、あの優しい声だけは、覚えていた。
「ああ、悪い、次郎さん。
お盆、かしてくれ」
手酌をしていた烈が、立ち上がり、次郎の手から、お盆を受け取り、料理を並べた。
「旨そうだな。
こんな晩飯始めて見た」
「この時代は、食材が豊富で、腕がなりますよ。
料理の本もあったりして、勉強しようと思ってます」
次郎は、心底嬉しそうに、自分の作った料理を見て、笑い、エプロンをはずして自分も座る。
それから、桜に目を向けて、微笑んだ。
「よく、眠れましたか?」
突然、話を振られて、桜は驚いた。
「は、はい!
あっ、あなたのおかげで、休めました!」
確か、次郎さんがまじないをかけてくれたんだと炎に言われたのを思い出した。
「そうですか。
おまじないが効いて、良かった」
次郎に、にっこり優しく笑いかけてもらうと、さっきまでの緊張感が少し、ほどける。