管狐物語
宿題を終えて、縁側に座って祖母を待っていると、蝉の声がや森が風になびく音、川のせせらぎが聞こえてくるだけで、人の気配もなく、桜はますます淋しく、不安になる。
昔は蝉の声で夏を感じ、森がざわめく音が、何か大きなものが自分を包んでくれているようで気持ち良く、川のせせらぎは、子守唄のようだった。
なのに、だんだん成長していくにつれ、 過疎化が進むこの村にも、古い家にも寂しさや不安を感じるようになっていた…
ざぁっ…
森が風で騒ぐ…
「桜、お待たせ」
桜は背後から、突然聞こえた祖母の声に、びくんと体を震わせ、見上げる。
「あれ…、驚かしちゃった?
ごめん、ごめん」
祖母はあははと笑い、手に持っていたお茶とお菓子が乗ったお盆を桜に差し出す。
「今日のおやつは、カステラだよ
豪勢だろ?」
祖母は、にこにこ嬉しそうだ。
カステラは、祖母の大好物なのだ。
お盆を桜に渡した後、よっこらしょ…と桜の隣に腰掛ける。
桜は、お盆を受け取り、自分と祖母の間にそれを置いた。
ずっと、黙ってるわけにはいかない…
桜は、深呼吸して祖母の顔をしっかり見た。
「…おばあちゃん、聞きたい事があるの」
「ん?なんだい?」
祖母は、カステラを嬉しそうに頬張りながら、桜に顔を向ける。
「おばあちゃんには、狐が憑いてるの?」
他人が、聞けば笑ってしまうような言葉だったが、桜は真面目な顔で祖母に尋ねた。
もちろん祖母も笑うことなく、桜の言葉に耳をかたむけていた。
「友達が言うんだ…
桜ちゃんのおばあちゃんは、狐を操って、ひとの家の物を盗んだり、してるって。不思議な力持ってるって…」
うちのおばあちゃんが言ってたんだ!
仲良くしていた女友達にそう言われたのは、一週間も前で、それから桜はクラスの皆から、距離をおかれるようになった。
嘘みたいな彼女の言葉を皆が信じたのは、前々からそんな噂があったからだろうと、桜は思った。
そうでなければ、1人の子が言った事に皆が簡単に信じるとは思えなかった。
小さな村で、クラスも一学年ニクラスしかなく、それぞれクラスの人数も15人程度。
村の噂など、すぐに広まる…
静かな沈黙が、祖母の肯定のようで、桜の顔が強張る。
…お願いっ!おばあちゃん、嘘って言って‼︎
祖母は、遠い目で庭を見、ゆっくりとお茶を飲んだ。
そして、ふう…とため息をついて、お茶を横に置き、語りはじめた。
「代々飯塚家には、管狐と呼ばれる狐が
守護者としてついていると言われていてね。
でも、そう言われているだけで、管狐が本当にいたかは分からないんだよ」
祖母は真っ直ぐ前を向いたまま、少し微笑んだように見えた。
桜は微動だにせず、祖母の話を食い入るように聞いた。
「おばあちゃんも、自分の両親から、管霊狐(かんれいこ)と呼ばれる管狐が入った筒を受け継いだんだけど、管狐を見たことはなかったね。
両親は、ただのお守りだって笑ってたよ。
ただね、代々飯塚家には不思議な力を持つものが多くいた。
未来を見る力が少しあったり、占いに長けてたりね…」
祖母は、ゆっくり桜に顔を向けた。
「おばあちゃんにも、若い頃そんな力があったよ」
まるで時間が止まったかのように、いっ時音が止まり、辺りはしんっと静まり返った。
その異様な空気に、桜の体がびくんっと震える…
祖母は、気にすることなく、また話を続けた。
「おばあちゃんは若い時、占いで友達が喜んでくれるのが、嬉しくてね。
その力が怖いなんて思ってなかったよ。
周りもそうなんだと思ってたけど、やっぱりこの力を恐ろしいって思う人達も出てきてね。
その人たちが、色んな噂を流した…」
「…噂…」
震える声で、桜は呟く。
「そう…。
私が管狐を使役して、占術をしてるんだって言われた…」
祖母は、悲しそうに軽く俯き、庭を見た。
「昔から管狐という妖はね、数多いる狐の妖の中でも、主に忠実で、主の言う事はどんな事であれ叶えようとすると言われてるんだよ。
でも、それは他人の富や利益を奪って叶えるらしい…。
おばあちゃんが占術をする毎に、相手はどんどん運や利益を吸い取られると思われたんだねぇ」
管狐がいたかどうかも分からないのに、昔の人々は何かあるたびに、目に見えないモノのせいだと思ってきた。
自分がついていない事や、病気になる事、悪い事の全てを…。
そして、この小さな村も例外ではなかった…