まほうつかいといぬ
山下は下敷きを構えて、青葉と向き合った。青に変色したカッターシャツ。彼が快活に笑う。
「こうしてると二人とも海ん中みてーだな」
「メルヘン・ポエマー」
「るっせ」山下は唇を尖らせた。
「でも、そうだな。ぼくには」
静かな空白が延びていく。
「ぼくには空に見える」
青葉の言葉に山下が目を見開いた。下敷きが彼の手から滑り落ちる。そのとき、錆び付いたチャイムがなった。
雑音が途端に溢れだして、生徒たちの声が蝉音のように耳につく。
「空はこんなに青くない」
言い訳をするみたく口端を歪ませる山下。
「知ってる?」
言って、青葉がおもむろに空の一点を指差した。一羽の鳥が滑空している。翼を広げて、羽を震わせ、太陽を浴びて飛んでいる。
「鳥の目にはもっと鮮やかな色が見えてるんだ」
「希望論だ。人間には見えない」
「バケツに酌んだ海は青くない。それが海だなんて、それこそ希望論さ。空の方が確実性がある。誰も試せないから」
だれにもいえなくなった
ゆめなら それでも たしかにあった
「なにより!空を持ってるなんて、かっこいいじゃん」
言い切った後に、青葉は恥ずかしくなる。それこそ。
「ポエマーじゃないか」
山下が言った。青葉は顔を赤くして、彼に目を遣る。けれど、彼の目の中に嘲笑の色は見られなかった。