まほうつかいといぬ
気持ちが深い場所に落ち着いて、不思議な感覚に胸を締め付けられる。
「俺、パイロットが夢だった」
山下が云った。
「空を飛びたかった。空を手に入れたかった。ばかにされると思って言わなかった。自分でもずっと諦めてた」
コンクリートの上に落ちた四角い青を、山下の指が辿る。
「すごいよ」純粋な言葉だった。
「本当か」
「飛べるヒーローだ」
嬉しそうに、でも少し切なそうに、彼は目を滲ませた。
再び少しの時間を置いて
「おまえの夢は?」と山下が訪ねてきた。
「ぼく?」
「そう、おまえの」
「ぼくは」喉が乾く。「ふつうに──」
「ピアニストになりたい」
ほろりと口から溢れた言葉が、酷く胸を打った。
「ピアニストになりたい」
「そうか」
叶うと良いな。
残酷で優しい言葉を山下は静かに呟いた。
呟いて、赤を吐き出した。
何が起きたか分からなかった。
コンクリートに染みていく鈍色。痙攣する体。地面を濡らす蝉時雨。そのまま彼は地面に倒れた。数分後に到着した白い車が彼を何処かに連れていった。サボタージュが両親にバレた青葉は散々に殴られ、蹴られた後に解放された。
ある夏の日のことだった。