まほうつかいといぬ

「いっつもすっと背筋伸ばしてさア、本とか読んで。友達とかいなくても、大丈夫そうで。かっけーんだよな。チョー天才だし」

思わず、青葉は山下を見つめた。

寂しいし嫉妬もするよ。大丈夫じゃないよ。頭は良い方だけれど、天才ではないよ。親に強制されて無理に努力をしているだけだよ。

頭の中で“本当”がぐるぐると回り出す。けれど、どれを口にしたって、彼にとっては薄っぺらい嘘に違いなかった。

「ぼ、ぼくは」

キミが、言うような存在じゃない。

「僕は君が羨ましい」
だって君を妬んでいるもの。

「君は、だって、かっこいいしお洒落だしモテるし人気者だ」
だけどそれだけ。おまえはバカなのに。将来、お金がなくて困ればいいんだ。

「なにより自由で、なんだってできる。ヒーローみたいに」

浅薄で真っ赤な言葉。卑屈な青葉は、それでも、ほんの少しの本心を交えた。

去年の文化祭でシンデレラの劇をしたクラスがあった。その中で魔法使いを演じていた山下を見て、王子よりもかっこいい！と女子が騒いでたのを思い出す。正に、彼はヒーローだった。

「俺ってヒーローみたいか」
「シンデレラは少なくとも救われたんじゃないか」

投げやりになって言葉をぶつけると、彼は口をひん曲げた。
「空を飛べないヒーローはヒーローじゃない」
「でも、せいっぱい上へ跳ぶことはできる」
「それって飛んでる？」
「飛び魚は跳んでる魚だよ。それだしライヘンバッハ・ヒーローは落ちて英雄になった」

言えば、彼は吹き出した。腹を抱えて笑いながら、青葉の肩をバシバシと叩いて。
何が面白かったのか。矢張り、人気者の思考回路は理解できない。

「やっぱり羨ましいわ」
ほんのすこし歪んだ瞳で彼が苦笑した。
青葉はちっとも、気付かなかった。

空を見上げる行為が憧れに似ているだなんて、誰が言った言葉だったろう。
死にたがりの言葉なんだろうなあと、なんとなく、青葉は不意にそう思った。