あなたが好きで…
9
澪は、まだ胸が高鳴っていた。
いまだ続く恐怖に体を抱き締めていた。
そうしていないと、怖くて怖くて、自分の体がバラバラになってしまうと思ったからだ。

「ここまでくればいいだろう」

助けてくれた少年が言った。
彼は澪を人通りの多いアーケードまで手を引いて連れてきてくれた。

「あ……ありが……」

言葉がうまく出てこない。喋ろうとしているのに、息が声にならずにヒューヒューと、喉から逃げて行くだけだ。

「気にしなくていい。何もなくてよかった」

彼はそっぽを向いて言った。
表情は分からないが、照れているのかな?と澪は思った。
綺麗に整えられた黒髪がアーケードの照明を跳ね返していた。

「なんであんなことに?」
「……あ……っ」

その言葉に、先ほどの光景が思い出される。
初めての恐怖。
男の人の暴力的な力。
身の危険。
そして……ヒーロー。
澪は複雑な想いが交錯して、感情が爆発してしまった。
1度流れ始めた涙は止まることなく、嗚咽とともに一気に溢れ出した。
彼は一瞬困ったような顔をしたが、もう何も言わず、もう何も聞かず、澪の頭に手を乗せた。
優しく、優しく。
まるで辛い記憶を消そうとするかのように、何度も何度も、澪の頭を撫で続けるのだった。
澪の心は、少しずつ安らいでいった。

あったかい手……。

心が溶けていく。
周りの喧騒も、今は遠い。
2人だけの空間のような錯覚。
澪の涙は、もう止まっていた。
恐怖はもうない。
その代わりに、湧き上がってきた感情が一つある。

この人のこと、知りたい。

それは、恋愛感情と言うにはあまりに幼くて、でも、確実に澪の心に撒かれた一つの種だった。
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