あなたが好きで…
10

「な〜んで名前を聞き忘れるかな〜」

彼の名前を聞くことを忘れていたことに気付いたのは、翌日茜と話をしている時だった。
茜は呆れた顔でため息をついた。澪は何も言い返すことが出来ずに、肩をすくめることしか出来なかった。
喧騒に包まれる朝の教室は、小さくなった澪を隠すようだった。

「でも、そいつめっちゃカッコいいじゃん!白馬の王子様って感じ。
あ、でも竹刀持ってたから剣士とか騎士の方がしっくりくるかな」

茜のテンションが上がっている。
いつもどこか冷めた目で周りと接している彼女にしては珍しいことだった。

「それでそれで?そのあとはどうなったの?」

チューとかしたの?と鼻息荒く澪に顔を寄せる。
ちょっと怖かった。

「そ……そのあと子猫を探そうと思ったら、アーケードですぐ見つかって、連れて帰ろうと思ったらその人が引き取ってくれたの」
「……ねこ?」

は?と心の声が聞こえて来そうだ。

「なんで猫?」
「だって、あのままだったらあの子死んじゃうと思ったんだもん……。
なんとかしてあげたくて」

目の前に助けられるかもしれない命を、澪は放ってはおけなかった。
たとえ小さくても、授かった命には意味があるはずなのだから……。

「そういうところ、澪らしいわ」

茜は呆れたように、しょうがないなと言う風に、優しくそう言った。

「でも、なんでその人はネコを連れて帰ったのかな?」
「……さぁ?猫が好きだったんじゃないかな?」

茜は「ふぅ〜ん」とニヤニヤ笑いながら澪を見つめた。

「またその人に会えるといいね〜」
「でも、学校も歳も名前も分からないし……」
「でも、近所で剣道やってるってことは、案外探せば近くにいたりして」
「そんなうまくはいかないよ……さすがに、もう会えないよ」

もう会えないのかな?

自分で言った言葉が、胸にチクリと刺さった。
初めての感覚。
何故だろうか?胸の苦しさを感じる。
澪は彼と会ってから、彼の事ばっかり考えていた。
彼と別れて家に帰る時も。
シャワーを浴びて居る時も。
寝て居る時には夢にまで見た。

茜に話せば、なんて言うかな?

きっと、真面目に相談に乗ってくれるだろう。
彼女はそういう人間だ。多分冷やかしては来るだろうけど、ここぞと言う時には澪の味方になってくれる。
強くて、優しい子なのだ。
折れそうで、儚いくらい。

「気になるんでしょ?その人の事」

その言葉は心を見透かされたようで、澪は戸惑いを隠せなかった。

「そんな事……」

無い……とは言えなかった。
もし言ってしまったら……。
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