あなたが好きで…
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学校に着いた。校門を抜けると、正面には大きな校舎が生徒たちを迎え入れている。
そして、すぐ左手に体育館が見える。
澪は、その体育館の中を、歩きながらチラリと覗くことが日課だった。
人を、探している。
いや、探しているというほど積極的ではない。
もっと受動的な行動を取っていた。

今日は、ひと目見られるかな?

目線は体育館内、朝練をしている剣道部に注がれていた。
竹刀が爆ぜる音。床を踏みしめる音。威嚇の絶叫。
そのどれもが、小心者の澪には苦手だった。

あ……

1人の剣道着を着た少年が、額を袖で拭いながら出てきた。汗で濡れた黒髪は、日の光を艶やかに跳ね返していた。

朝倉洋介。剣道部の2年生で、澪のクラスメート。
そして……澪の好きな人でもあった。
不意に、今朝の夢が蘇る。
激しい胸の高鳴りと、高揚感。
手の温もりと、唇の感触。
キスなんてしたこともない。
もちろん、想いも伝えたことも、ない。
何故なら彼は……。

「洋介!お疲れさまっ」

少女が小走りで洋介に駆け寄った。手にはタオル。洋介は、そのタオルを当然のように受け取り、汗を拭いた。

「……絵理、ありがと」

洋介はそっけない態度でそう言ったが、絵理と呼ばれた少女は満面の笑顔を見せた。ショートカットで動くたびに踊るように跳ねる髪は、猫のよう。
朝日にも負けないその眩しい笑顔は、同じ女の澪から見ても、まさしく輝いて見えた。
屋島絵理。澪にとっては隣のクラスの女子で、洋介の幼馴染らしい。
そして、洋介の恋人でもある。

恋人……か。

キュ、と胸が締め付けられる。
はぁ、と一つ息をつき、言いようのない焦りのようなものが、澪を支配する。
澪の好きな人には、すでに恋人がいる。
改めて知らされる事実に、澪は歩みを早めた。
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