あなたが好きで…
7
澪が洋介を最初に知ったのは、中学3年生の冬の季節だった。
学校からの帰り道、すっかり遅くなってしまった澪は家路を急いでいた。辺りは早い夜が訪れ、街灯が辺りを寂しげに照らしていた。

はぁ、遅くなっちゃった。

担任に言われた面倒な作業を終え、やっと解放された時には夕方6時をまわっていた。
手は冷たくかじかんで、持っていたカイロはもうその役目を終わらせていた。

早く帰って、あったかいお風呂に入りたい。

誰もがそう思うだろう。澪はいつもは通らない大きな公園を横切って行くことにした。歩道を照らすライトはさらにその姿を隠し、人通りさえも全くない。少し怖くなったから、足がつい早くなる事は、仕方のないことだった。

「………」

何か聞こえた。
小さく、儚く聞こえたそれは、猫の鳴き声だと気づいた。それもとても小さい、子猫の声だ。
足が、自然とその声の方へと向いた。

あ。

子猫はいた。
ダンボールの中で、寒そうに体を震わせている。懸命に命を繋ごうと、か弱い声で助けを求めているように聞こえた。
澪はとっさにその子猫を抱き上げる。毛はボサボサで、泥で汚れてしまっていた。多分、三毛だろう。尻尾から背中にかけての模様に特徴があった。体はすっかり冷たくて、やせ細っていた。

どうしよう……。

家では飼えない。
でも、放っておくと、間違いなくこの子は死んでしまうだろう。
暗がりの中で、誰にも看取られずなくなってしまう小さな命を、澪は見捨てることが出来なかった。

今日は連れ帰って、明日飼える人を探そう。

澪はそう決めた。

「何してるの?」

後ろから声が聞こえた。
澪はびっくりして、振り返った。そこには大学生くらいであろうか?髪を茶色に染めた男が2人、ニヤニヤと下品に笑いながらこちらを値踏みするように見つめていた。

「君、可愛いね。ちょっと付き合ってよ」
「おい、こいつの制服中学じゃね?やべーよ」
「関係ねーって、穴がありゃ一緒っしょ」
「まぁ、こないだの同じ制服きた奴も具合よかったしなー」

そんな事を話していたと思う。
澪は怖くなって、後ずさりする。悲鳴を上げる余裕もなかった。

「怖がってんじゃん。俺はもっとスマートな方が好きなのに」
「やること一緒なんだから、いーっていーって。てか、スマートってお前酒のますだけじゃん」

クックックと笑う男達に、澪は激しく嫌悪感を覚えた。
澪はとっさに猫を抱えたまま駆け出した。よく恐怖の中で足が動いたものだと思う。
男2人は、それを見てすぐさま追いかけてきた。

「優しくするからさー、怖がらなくていいよ」
「てめー!こら、聞いてんのか!」

後ろを見れない。
恐怖が心臓をつかむ。
足がすくんで止まってしまいそうになるのを、必死に動かす。

広い道に出ないと!

それだけを考えて、それだけを希望に、ただただ足を動かす。
途中、「チカンに注意」の看板を横目に見た。
なんて皮肉だろう。しかし、澪は絶望に包まれるわけにはいかなかった。
公園の入り口近くまで来た。

このまままっすぐ走れば、アーケード街がある。
そこまで行けば!

澪がそう思った時、腕を掴まれた。
とても強く、ねじりあげるように掴まれた。
痛みで足が止まる。
とっさに抱えていた猫を離してしまうが、猫はうまく着地をすると、何処かへ走り去ってしまった。

「いい加減にしろよてめー!」
「つかまえた。お兄さん達の車、広いから一緒に行こうねー」
「や……っ!」

声が出ない。
叫びたいのに、澪の喉は緊張してその役目を果たしてくれなかった。
せめてと必死に腕を離そうとするが、男の腕力には何の抵抗も意味がなかった。

いや!

澪が恐怖に目をつぶる。
男たちは澪の腕を掴んだまま、何処かへ引きずって行く。
その時

「なにしてる」

声がした。
冷たく張り詰めた空気の中、よく通る声が、その場にいたもの全ての動きを止めた。
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