お向かいさんに恋をして
「……ですね、秋中さん。
熱中症には気をつけて下さいね?」

「うん、ありがとう。
波江さんも気をつけてね。
じゃ、行ってきます」

「……はい、いってらっしゃい」

あまりに普段と変わらない態度に、あぁ、覚えてないんだ、と確信した。

私にとって大事なことだったファーストキスは、秋中さんにとっては酔って「つい」してしまった上に忘れるだけの些細な出来事だったんだ。

「波江さん? 具合悪いの?」

うつむく私に、大丈夫? と心配してくれる秋中さんに「貴方のせいで今泣きそうです」とは言えなくて、苦笑いを浮かべて手を振って部屋に戻ったんだ。

枯れはてたと思っていた涙が溢れた。

泣いていると、ドアを叩く音が聞こえた。

留奈さんだ……。
私は涙を拭い、ドアを開けた。
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