伊賀襲撃前夜

「だが、織田が攻めて来なければどうだ？」
「織田が攻めて来ない？今更、そんな事があるのですか？」
「ある」
父はゆっくりと頷いた。
「織田が攻めて来ない為の策は一つだけ」
「その策とは？」
成葉はじっと父の目を見つめる。
「…お前を人質として信長の側室に出す事だ」
「…」
予期せぬ父の言葉に、成葉は一瞬頭が真っ白になり返す言葉が出て来ない。
「今、伊賀を守れるのは、成葉、お前しかいないのだ」
「…伊賀を守れるのは、私だけ」
呆然としたままゆっくり呟いた成葉は、徐々に冷静さを取り戻した。
「先程の五関殿は密かにその話を持ってきて下さったのだ。織田とて無駄な血を流さずに済むものならそうしたいと」
「…父上、私が人質になると言うことは、戦わずして、伊賀は織田の支配下に落ちるという事ですか」
「いや、お前は単なる人質ではない。側室として迎えられるのだから、我等は同盟を結ぶということになる、いわば織田と対等な付き合いとなる」
「…」
「成葉、行ってくれるな？」
「…」
「頼む、伊賀を救ってくれ」
父は、成葉に頭を下げた。
「父上っ、顔を上げて下さい」
父は、ゆっくり顔を上げ、成葉の次の言葉を待った。
「私は、伊賀の頭領の娘。私が、織田に行く事で皆を、伊賀を、助けられるのであれば、喜んで参りましょう」
「成葉、すまない」
父は、もう一度成葉に頭を下げた。