ホストの憂鬱
それから彼女は俺の横に突っ立ているなおさんに向かって言った。

「私のキープボトルだしてちょうだい」

「はい」と言うとなおさんはボトル帳をひらき、彼女のボトルを俺の前に置き、テンタングラスを二つとアイスペール、そして水差しを用意した。

「焼酎、つくって」と彼女は不適な笑みを浮かべた。

俺は緊張しながらグラスに氷をいれた。ここまでは彼女の表情は眉ひとつうごかさない。

だけど俺が焼酎をグラスにどぼどぼとついだ瞬間、彼女は口をひらいた。

「まって、その焼酎はだれが飲むの?」

えって感じに俺は息をのんだ。

「誰がロックをテンタングラスで飲むのよ?水割りかお茶割りに決まってるでしょ」

「すいません。作り直します」

完全にはめられた。そう思った。

「作り直すって、お客の酒を捨てる気なの?あなたのグラスを持ってきなさい」

それを聞いたなおさんはすかさずロクタングラスを俺に差し出した。

従業員はロックだろうが水割りだろがロクタングラスだと俺は後から知る事になる。

彼女は俺のグラスをとるとなれた手つきで氷をいれてグラスからグラスに焼酎をうつした。

「いい?お客の飲み物をちゃんと聞きなさい。それから決して捨ててはいけないから。それじゃ水割りちょうだい」と言った。

彼女とのやりとりを見ていた知は幸せだ。見て覚えることができたのだから。
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