満たされる夜



タクシーに乗り込んだ部長を見送った後、まだ呑みに行くという若手と別れて歩き出したとき、後ろから危なっかしいヒールの音がして振り向いた。


田崎か…。


千鳥足とまではいかないものの、フラフラ歩いて転ばないかと気になってしまう。


「お前、こっちなのか」

「はい。タクシー、つかまえようと…」


あっちこっちフラつく田崎の腕をつかむと、柔らかさに驚く。
そのまま腕を引いて真っ直ぐ歩かせる。
ところがなかなか前に進まない。
もう捨てて帰ろうかと思ったとき、田崎がしゃがみ込んだ。


「おい、お前の家はどこだ。タクシーに放り込んでやる」


「気持ち悪い…」


うつむく田崎の背中をさすってやる。
女の背中はこんなに華奢なものだっただろうか…。
いや、そういうことじゃない。
俺は厄介ごとには関わりたくない。
< 22 / 68 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop