満たされる夜
タクシーに乗り込んだ部長を見送った後、まだ呑みに行くという若手と別れて歩き出したとき、後ろから危なっかしいヒールの音がして振り向いた。
田崎か…。
千鳥足とまではいかないものの、フラフラ歩いて転ばないかと気になってしまう。
「お前、こっちなのか」
「はい。タクシー、つかまえようと…」
あっちこっちフラつく田崎の腕をつかむと、柔らかさに驚く。
そのまま腕を引いて真っ直ぐ歩かせる。
ところがなかなか前に進まない。
もう捨てて帰ろうかと思ったとき、田崎がしゃがみ込んだ。
「おい、お前の家はどこだ。タクシーに放り込んでやる」
「気持ち悪い…」
うつむく田崎の背中をさすってやる。
女の背中はこんなに華奢なものだっただろうか…。
いや、そういうことじゃない。
俺は厄介ごとには関わりたくない。