満たされる夜
♦another storyII―――Valentine Night
「おーい!」
経理課から戻る途中、後ろから聞き覚えのある声がした。
前方から歩いてくる人物はいないし、声の主は明らかに私に声をかけている。
けれど下手に関わりたくない。
課も違う、同期でもない、ましてや片方は既婚者の男女が言葉を交わすというのは何かあるように見えて仕方ない。
それは私が人に言えないやましいことをしていたから、尚更そう思ってしまうのかも知れないけれど。
足早に逃げようとしたのに、やっぱり追いつかれて肩を叩かれた。
「無視すんなよ」
「営業のエースが社内にいるなんて珍しいですね」
「これから外回りだよ。てか俺も経理課にいたのに、お前まったく気がつかないのな」
営業成績が良く、明るくて人当たりのいい男。私より二つ上で元彼。
過去に私を裏切ってあっさり取引先の重役の娘と結婚した。
もうすぐ第一子が産まれるらしい。