バターリッチ・フィアンセ
不覚だわ……ついうっとりとしてしまったじゃない。
このハチミツは……本音を言えば欲しい、けれど。
それとこのお見合いが上手くいくかどうかは、全く別の話だわ。
「城戸さん、贈り物は嬉しいですが、だからといって結婚の話が前に進むと思わないで下さいね」
釘を刺すように言うと、彼は腕組みをしてしばらく何か考え、やがて顔を上げるとこう言った。
「こうして話しているだけじゃお互いのことが深くはわからないし……しばらく一緒に暮らしてみるって言うのはどうですか?」
またそんな突飛な発想を……。私は呆れながら、首を横に振る。
「夫婦でもないのに一緒に暮らすなんて、ふしだらです」
「はは、ふしだらって。
俺はただ、織絵さんにパン屋の仕事を見せてあげたいなって純粋に思っているだけですよ。結婚したら、その時は織絵さんに店を手伝ってほしいと思うから、その練習も兼ねて」
「パン屋の、お手伝い……」
ふわん、と脳裏に浮かんだのは、笑顔でパンを売る自分の姿。
なんて幸せそうに笑うのかしら……やっぱり好きなものに囲まれているから?
「もしそれで、仕事のきつさとか俺自身に嫌気がさしたら結婚の話は白紙にすればいい。どうですか? 決して悪い話じゃないと思うけど」
「…………私」
まだ、城戸さんに対しての警戒心は緩まないけれど。
やっぱり彼の生きる香り豊かな世界への興味は、発酵中のパンのように膨らんでしまって止まらない。
それに、ちょっとハチミツで心が動いてしまったのも確かだし……
「乗ります、その提案」
私はそう、はっきり宣言した。
開いた扉の先に、どんな毎日が待っているのかわからないけれど。
きっと幸せな未来につながると、そう信じて。