バターリッチ・フィアンセ
「……その喧嘩の内容、お義兄様はなんて?」
『それが教えてくれないの。ほんのささいなことだから恥ずかしいって』
「そう……じゃあ、行き先は全く見当がつかないのね……」
琴絵お姉様のことだ。お金や必需品はきっとしっかり持って出たはずだから、眠る場所に困ったりはしていないと思うけれど……
家族だもの、心配なことに変わりない。さらに、お義兄様は私たちよりもっと心配だろう。
『今、私や三条家の使用人総出で琴絵お姉様を探しているけれど、できれば織絵も手伝ってくれないかしら?
お姉様が行きそうな場所に心当たりはない?』
「ええ、もちろん。――あ、でも……」
私は、その時初めて自分が東京から遠く離れた場所にいることを思い出した。
今日が向こうに帰る日なら問題なかったけれど、ここにもう一泊する予定なんだった……
どうしよう、と額に手を当てていると、私の視界に昴さんのしなやかな裸体が入ってきた。
寝汗をかいたのか、Tシャツを脱いでグレーのボクサーパンツだけを身に着けている彼は、私の目の前のソファに座ると、口パクで“どうしたの?”と聞いてくる。
うう、目の毒……でも今は昴さんのハダカにドキドキしている場合じゃないわ……
「お姉様、ちょっと待ってて」
私は一旦通話口を押さえると彼に大まかな事情を説明した。
「そういうことか……織絵はどうしたい?」
昴さんに聞かれて、私はもごもごと口を動かす。
「え……と、できれば、お姉様の捜索に協力したいです……」
「……じゃ、帰るか」
「いいんですか?」
せっかくの旅行を途中でだめにして、てっきり彼は不機嫌になるかと思った私は予想外の答えに目を見開いた。