バターリッチ・フィアンセ
「美和と達郎には悪いけど……ちゃんと泊まった分の金払えば大丈夫だろ」
「ごめんなさい、あの、うちの家族のことですからそのお金は私に払わせて下さい……」
「いいよそんなの。そうと決まればすぐ出よう。おねーさまに何かあってからじゃ遅いだろ」
……意外だった。
昴さんが、私の姉を心配してくれるなんて。
私は待たせていた珠絵お姉様に“少し遅くなるけど、私も捜してみる”と伝えると、電話を切った。
「ありがとうございます……優しいですね、昴さん」
新しいTシャツに袖を通す昴さんの背中に声を掛けると、少しだけこちらを振り返った彼が鼻で笑う。
「どこが」
「どこがと言われると難しいですけど……昴さんは優しいです。
……本当は、きっと、もっと」
少なくとも、私はそう信じてる……
「……それは買いかぶりすぎ」
そう言うと、また私に背を向け着替えを再開させてしまった昴さん。
そっけない言い方は、図星だということの裏返しなんだと思う。
唐突に終わりを迎えることにになってしまった旅行だけれど、ほんの少しずつ、彼の内側が見えてきたような気がする。
少し前まで、いつか昴さんのすべてを知ることができたなら、この気持ちは恋心に――――なんて思っていたけれど。
私の中に芽生えたものは、思っていたよりずっと成長速度が速いみたい。
――ねえ、昴さん。
あなたはまだ謎ばかりの婚約者だけれど。
私、あなたのことが好きです――。