バターリッチ・フィアンセ
突然東京へ帰ると申し出た私たちに、美和さんたちは優しかった。
家出した私の姉を心から心配してくれたし、昴さんが差し出すお金も頑なに受け取ろうとしなかった。
「友達のヨメのピンチに、金をまき上げる奴がいるか」
それが、達郎さんの言い分。昴さんは渋々お財布にお金をしまって、こう言う。
「……まだヨメじゃねーけど」
「いいからいいから。織絵さん、お姉さん見つかるといいわね」
「はい、ありがとうございます」
お友達がこんなに愛情あふれる人たちなんだもの……昴さんが悪人だなんてこと、絶対にありえない。
ペンションの入り口で二人に最後の挨拶をしてログハウスに背を向けると、数歩進んだところで達郎さんが大声を出した。
「織絵さーん! 昴のこと、よろしく!」
それはきっと、美和さんが昨日言っていたことと同じで、“昴さんを変えて欲しい”って意味だろうと解釈した私は、後ろを振り返って大きく頷くと、笑顔で二人に手を振った。
「……あのお節介」
ぼそりと昴さんが呟いた言葉は、聞こえないふりをした。
みんなが、昴さんのことを心配している。
向こうに帰って姉のことが解決したら、またゆっくりと、彼の心を溶かしてあげられるように、頑張らなくちゃ――。
私はそんな使命感に駆られながら、心地良い高原の風に、別れを告げた。