バターリッチ・フィアンセ
東京に戻るまでの間に、珠絵お姉様から“琴絵お姉様がいなかった場所リスト”がメールで送られてきた。
彼女がよく行く場所だったり、義兄との思い出のある土地だったり、様々な場所が書き連ねてあったけれど、そのどこにも彼女はいなかったらしい。
「こんなに捜してもいないんじゃ、もう私も思いつく場所なんて……」
最寄駅から家に帰るまでの道すがら、スマホを覗き込んで難しい顔をする私。
朝早く向こうを出て来たから、今はまだ太陽の高い昼間。
時間はたっぷりあるのに、どこを捜したらいいのか見当がつかない。
とりあえずもうすぐアパートに着くから、そうしたらゆっくり作戦を立てよう……
そんなことを私が思っていた時、隣を歩いていた昴さんが急に足を止めた。
「織絵……あれ」
その声にスマホから視線を上げてみると、“closed”の札がかかっているにもかかわらず、noixの入り口の前に人影がふたつ。
一人は女性で、どこから持ち込んだのか、折り畳み式の椅子に足を組んで座って、本を読んでいる。
あの堂々とした出で立ちは、紛れもなく……琴絵お姉様。
そしてその隣でかいがいしく、扇子で彼女を仰いでいる執事服は……
「……なんでアイツまでいるわけ?」
あからさまに嫌そうな顔をして、昴さんが吐き捨てるように言う。
二人のうちその原因である方の人物は、離れた場所で立ち尽くす私たちに気付くと丁寧にお辞儀をした。