バターリッチ・フィアンセ

「真澄くん……言って」


私が頼むと、彼はもう一度キッチンの方に目をやってから、私にこう言った。



「僕は、旦那様とその秘書が席を外している隙に、彼の部屋に忍び込んで色々な書類を盗み見ました。……ばれたら即刻クビですね」

「ちょっ、ちょっと待って。そんな危険なこと……!」



私は思わず彼の執事服をつかみ、“そんなことはダメ”と諭すように首を横に振った。

いくら私のためとはいえ、それでは泥棒と同じじゃない。


「僕は……織絵お嬢様のためなら、たとえ職を失うことになっても構いませんから」


そう言った彼の瞳があまりに熱を放っているから、私の胸がドクンと反応した。

そうだ……はっきりと言われたわけではないけれど、彼は私を……


だけどその気持ちには応えられない。彼のことは好きだけど、それは恋や愛とは違う、静かなものだもの……

気まずくなった私がうつむくと、真澄君は穏やかに笑った。


「困らないで下さい。いいんです、僕が勝手に押し付けているだけですから。それより、本題ですが……」


真剣味を帯びた声に、さっき跳ねた心臓が、今度はまた違う緊張を伴って暴れる。

――でも、聞かなきゃ。昴さんへの恋心を自覚した今だから、なおさら。



「この部屋も……そして一階の店も、もちろん土地も。つまりこの建物のすべての所有権は、旦那様にあるようなんです」

「……え?」



……どういう、こと? この建物の持ち主が、私の父……?


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