バターリッチ・フィアンセ
○カラダで払います
そこかしこから蝉の鳴き声が聞こえる、八月初旬の晴れた午後。
興味本位でついてきた姉二人とともに、私は初めて高級住宅街の中に佇む城戸さんのお店を訪れた。
「近くで見ると余計にみすぼらしい店ね」
お店の前に乗りつけたロールスロイスを降りるなり、サングラス越しに店の外観を眺めた長女の琴絵お姉さまが言う。
「パリの街角を意識したつもりなのかもしれないけど、全然ダメ。
所詮は日本人が真似した“ちょっとおしゃれ風”の店に過ぎないわね」
キャペリンハットのつばを引き上げ、目を細めた珠絵お嬢様の評価も手厳しい。
でも、そんな言葉なんて気に留めていられないくらい、私の胸はドキドキ高鳴って止まらなかった。
二階建てビルの一階にお店はあって、白い外壁の下半分は、色違いのレンガタイルがランダムに並んでいる。
扉の色とお揃いのオーニングは鮮やかなグリーンで、その下に置かれたブラックボードに、おすすめのパンが可愛らしい絵と共にチョークで描かれていた。
「素敵……」
一目惚れってこういうことを言うのかしら。
今までに何軒ものパン屋を見てきた私だけれど、こんなに心を鷲掴みにされたのは初めて。
さっさと店内に入っていく姉たちに遅れ、水色のサマードレスの裾をはためかせながら私がぼうっと立ち尽くしていると……
「――織絵さん、何してんの」
「あ……」
初めて会ったときとは違う、“パン職人”姿の城戸さんが扉から出てきて、挨拶しようと口を開きかけたままで固まる私。
だって……お見合いのときのかっちりしたスーツより、断然こっちの方が似合っていて、思わず見とれてしまったんだもの。
清潔感溢れる白のコックコートに、ダークブラウンのコックタイ。
タイとお揃いの色のハンチングから覗く彼のえりあしは、今日も絶妙な具合に跳ねていた。