バターリッチ・フィアンセ
私の複雑な心境を知らない琴絵お姉様は、嬉しそうに笑みを深めて言う。
「なによ、城戸さんはその気なんじゃない。じゃあ、私からお父様に伝えておくわね? 織絵たちはうまくいっているから、いずれ大々的に婚約パーティーを開きましょうって」
「ま、待って、そういう話なら私から父に直接……」
「遠慮しなくたっていいのよ。織絵は城戸さんのお手伝いで毎日忙しいでしょう?
大丈夫、私は自分の時の経験もあるし、ある程度のことは進めておけるわ。
そうだ、そのパーティーで新作のパンでも発表したら盛り上がるんじゃないかしら!」
……ダメだ、全然私の話を聞いてもらえない。
こうなった琴絵お姉様を止められる者は、この世に一人もいないのだ。
小さなテーブルの前でずっと姿勢よく正座している真澄くんも、私を見て心配そうにはしているものの、お姉様に反論する勇気はないようだった。
そしてさらに追い打ちをかけたのが、キッチンからコーヒーを持って戻ってきた昴さんだ。
「いいですね、それ。めちゃくちゃ店の宣伝になりそう」
「でしょう? 我ながら冴えたアイディアだと思ったのよ!」
こんなに盛り上がってしまっては、婚約パーティーのことは決定したも同然。
昴さんは本当にそれでいいのかしら……
彼のことが好きだからこそ、このまま結婚の話を進めることに、不安を感じる。
昴さんが淹れてくれたコーヒーに手を伸ばし、その苦味で不安をごまかそうとした時だった。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴り、私ははっと顔を上げた。
きっと、“彼”が来たんだわ……
誰より先に立ち上がった私は、玄関を開けてそこにいるのが予想通りの人物であることを確認すると、彼を部屋の中に招き入れた。