バターリッチ・フィアンセ
「タマゴサンド……」
噛みしめるように呟いた義兄に、昴さんはお皿のラップを剥してそれを食べるように促す。
おそるおそるタマゴサンドを口に入れた義兄は、ゆっくり咀嚼しながらそれを飲みこむと、ふっと苦笑した。
「昨日俺が言ってしまったこと……やっぱり気にしていたんだね」
その言葉を聞いて、姉は恥ずかしそうにうつむいた。
「だって……悔しかったんだもの。“母さんのタマゴサンド以外のサンドイッチは口に合わない”だなんて言われたら……」
「……ごめん。昨夜は論文がうまくいかなくて、苛ついていたんだ。でも、琴絵が出て行ってしまってからはもっと仕事が手に付かなくなった。だから今日は久々に休みをもらったよ。いつも寂しい思いをさせてすまない」
「陽一さん……」
顔を上げた姉の瞳は、潤んでいた。
そっか……私、この二人のこと何も知らないのに、実家に入り浸る琴絵お姉様の行動をあまりよく思っていなかったけれど……。
きっと、忙しくてなかなか姉に構えない義兄との生活が寂しくて、それを紛らわすためだったのね――。
「ねえ、陽一さん……それで、どうなの? そのサンドイッチ。お義母様の味に近づくことができたかしら?」
「うん。ちゃんと刻んだピクルスも入っているし、母の味にかなり近い。でも、よく覚えてたな、琴絵が食べたのは一度か二度じゃなかったか?」
「……必死に思い出したのよ。そこの彼に言われて。男の気持ちを取り戻すんなら“おふくろの味”が一番だって」
昴さんの方を一瞥して、意味深に笑った琴絵お姉様。
彼がそんなことを……?
それが素直に昴さんの優しさだと受け止められたらいいのに、私の中に渦巻く気持ちは違った。
さっきから、どうして姉にはそんなに優しくするのかと、行き場のない思いにちくちくと胸を刺される。