バターリッチ・フィアンセ
「昴さん、何か言って……」
私の懇願もむなしく、彼は両脇にぶらさがる私の手首を壁に縫い付けると、耳元で低く囁く。
「……前も言ったろ。織絵は何も知らなくていい。それに……知らない方が、織絵のためだ」
言い切るのと同時に、昴さんが私の耳朶に噛みついた。
それが少し強い力だったから、小さく走った痛みに思わず眉根を歪めた。
「……痛い?」
今噛んだ部分を、今度は癒すように濡れた舌で撫でながら昴さんが私に聞く。
「痛い、のは……そこじゃ、ありません」
なにも話してくれない婚約者のあなた。
それなのに、求められれば反応する私の身体。
深く交わっても満たされない心の隙間が、膿を持って、痛いの……。
「ココです……」
掴まれていた手首は、少し動かしただけでほどけた。
今度は逆に私が昴さんの手を取り、自分の左胸の膨らみに、ぎゅうと押し付ける。
「織絵……?」
「知らない方が私のためだなんて……本当にそうなら、私の胸、こんなに痛みますか? 昴さんが何かごまかすたびに、私、ココに傷が増えてく。
ねえ昴さん……どうして何も教えてくれないの……?」
言葉尻は頼りなく震え、私の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。