バターリッチ・フィアンセ
「……いーよ。どうせヒマだったし」
学生の頃の自分に戻ったと思えば、こんな軽い誘いに乗るのは逆に気楽なものだ。
一発出すもん出せば、この妙な胸の痛みも麻痺するかもしれないし……
女たちに手を引かれるままラブホの扉をくぐった俺は、そんな投げやりな思いで成り行きに身を任せていたが……
「じゃあ、うちら先にシャワー浴びてくるね」
そう言って二人が同時に部屋から消え、広いベッドの上に一人仰向けになってみると、自分の意思とは無関係に脳裏に浮かぶのは、織絵の泣き顔と悲痛な声。
復讐という俺の目的を思えば、彼女の涙はむしろ心を満たす材料であるはずなのに。
“――ココが痛い”
そう訴える織絵の胸に触れた瞬間、まるでその痛みが伝染したかのように、俺の中にも小さな痛みが生まれた。
「甘いな……俺」
織絵本人と向き合う前は、彼女を手に入れる日が待ち遠しくて仕方なかった。
さっさと自分に惚れさせて、ありがたく身体を頂いて、そのくせあっさり裏切って、仕事ではこき使って……
時間の経過とともに、身も心もボロボロにしてやろうと思っていた。
――それなのに。
『昴さん』
あの綺麗な瞳で見つめられ、澄んだ声に名前を呼ばれると……
俺の加虐心は段々と萎えてしまうのだ。そして結局最後は、優しい態度を取ってしまう。
こんなんじゃ、復讐を果たすどころか……
俺は自分の手のひらを目の前にかざし、意味もなく握ったり開いたりしてみる。
ときたまこんな風に慣れない休みを取ると、この手はすぐにパンを捏ねたがる。
でも……今は違うものをつかみたがっているような気がする。
それは、これから関係を持とうとしている得体の知れない女の身体ではなく……
きっと、部屋に一人残してきたままの、いたいけなお嬢様の細く柔らかい身体。
「まさか、俺は本気で……」
天井に向かって俺がそんな呟きを吐き出したのと、バスルームで水の跳ねる音が止まったのは、ほぼ同時だった。