バターリッチ・フィアンセ

「暑いから中入りなよ」

「は、はい！」


その声で我に返った私は、城戸さんのあとに続いて緑のドアをくぐる。

途端に鼻腔をくすぐるたくさんのいい香りの中では、姉たちがトングを片手に、棚に並んだパンを物色していた。


――あら？　散々このお店を馬鹿にしていた割には、トレーに乗せているパンの数、多くないかしら？


「――これ、全部お願い。包んだら外の車に積んでいただける？」

「こっちもよ。あらやだ、琴絵お姉様ったら甘いものばかり」

「そういう珠絵だって、デニッシュばかりそんなに食べたら太るわよ？」


お互いのトレーを覗き込み、ああだこうだと言い合う姉たちの顔ったら、なんて楽しそう。

やっぱり、パンは人を幸せにする力があるんだわ。

それを再認識しながら、私もゆっくり店内を見て回る。


その間に姉たちが所望した大量のパンを車に運び終えたらしい城戸さんは、店内に戻るやいなやにこちらにつかつかと近づいてきた。


「……お姉様方から織絵さんに伝言」

「伝言……？」


……と、いうことは。あの二人、欲しいものが手に入ったからと私に何も言わず帰ったのね？

わかっていたことだけれど、相変わらず薄情なんだから。

近くの出窓から外を覗くと、さっきまでそこにあったはずの黒いロールスロイスは姿を消していた。

ため息をついて城戸さんに向き直ると、急に顎を掴まれて上を向かされた。



「――“今のパンの代金は、織絵がカラダで払います”……だってさ」