バターリッチ・フィアンセ
彼女たちが出てくる前に、ホテル代だけその場に置いて、部屋を出た。
そそくさと建物をあとにした俺の足は、勝手にある方向を目指して進む。
それはさっき脳裏をよぎった考えが、当たっているからなのだろうか。
……そうじゃなければいいと思う。
この足が彼女の居る場所へと向かうのは、泣かせたまま置いてきたことに、ただ罪悪感を感じてるだけ。
復讐の目的で近づいた女に心を奪われているだなんて……
そんなこと、あっていいはずがない。
俺はこの焦るような気持ちが、“逢いたい”という想いから来ているのだとは、どうしても思いたくなかった。
墓参りの時に誓ったはずだ……俺はうまくやり遂げて見せると。
今、こんなに俺が揺れていたら、母さんをがっかりさせることになる……
余計なことを考えるのはやめて、もう一度、“鬼”になるんだ。
いくら織絵が泣こうと、傷つこうと。
そんなんで痛みを感じてるようじゃダメなんだ……
――アパートに帰りついた頃には、日付が変わっていた。
さすがにもう起きていないだろうと思うと俺の心は軽くなったが、織絵の顔を見たときに自分の気持ちがどうなるのか、それを確認するのは少し怖かった。
音を立てないように鍵が開いたままの玄関を開くと、部屋の電気は消えていた。
ロフトで寝ているのだと予想して階段を上がっていった俺だが、そこに織絵の姿はなく……
「織絵……?」
俺が呟いた彼女の名前は、薄暗い部屋に吸い込まれ、ただ消えるだけだった。